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目の前の出来事は神様からの贈り物

目の前の出来事は神様からの贈り物、ヒーラーのHidekoです。

今日はミカエルとともに、あなたのために世界は動いているという話です。

後半は、イシスとオシリスの無原罪懐胎物語をお伝えします。

目の前の出来事が、一見して良くないこと、辛いこと、時に悲惨だと思うような状況であっても、それはあなたの願望が作り出しているという事実を知ってください。

とミカエルは話しています。

こんな辛いことを、自分が願うはずはない!と思うかも知れませんが、それは実際に自分の潜在意識がつくり出しています。そういう性質のものなんです。

そしてその潜在意識には、過去世までも含まれています。そうなると、少しややこしくなります。

例えば、過去世で絞め殺されていた場合には(珍しくありません笑、みんな何度も殺されて、殺してもいますから^^;)、そのさいごの瞬間に、首を絞められて、未来の自分に向けて強いメッセージを発信していたりします。「生まれ変わっても二度と誰かを信用しないぞ!!」などと笑。

そして、記憶にもない過去世の影響を受けていたりします。

そんなもん知らんわ!

と言いたくなるところです。しかし、それも自分の潜在意識の一部なんですね。

そして、もう一つ大切なことは、目の前の出来事が、とっても悲惨に見えたとしても、本当に悲惨かはまだ分からないということです。

どういうことでしょう?

ここで私の例を紹介させてください。私は元介護士です。

はじめて介護士の仕事に就いて一年ほど経った時、新しい経営者がやってきて、今で言うパワハラ、モラハラ甚だしい扱いを受けました。中には解雇までに至ってしまった同僚もいた程でした。いつどうなるかという不安の中でみんな仕事をする日々。私は表面上は平気にしていましたが、内面では見捨てられ不安が顕在化してきて、実際には本当に怯えていました。その経営者が通るだけで震えていたと思います。

さて、こんな職場で怯えていた私でしたが、一方でこの時、はじめて仕事の面白さに気がついた時期でもありました。人って不思議です。

大まかに言うと、この人って何でこの薬をこんなにたくさん飲んでるんだろう?何でこの人って認知症になったんだろう?という一人ひとりへの興味を探求することが面白くて仕方ない時期だったんです。

そして、そういった探究心を持つきっかけが、あのパワハラ経営者でした。

福祉分野の素人だったその人が持っていた、従来の介護業界への不信感には、私も共感できる部分があったんですね。だから解雇して良いわけではないのですが、長く同じ世界にいる時には、視野が狭くなっている可能性がいつもあるという強烈な教訓になっています。

私には当時、見捨てられ不安に震えながら、これまでにない新しい視点で人を理解するという2つのことが同時に起こっていたわけです。

つまりこの場合、見捨てられるかも知れないという潜在意識の不安の通りに、自分で現実をつくっていたことになります。それは辛いものでしたが、もし視点を変えることができれば、まったく違う素晴らしい体験をしていることに気がつくのです。

また退職に至った同僚も、スピリチュアルな法則・宇宙の法則では、彼女の中でそうする必要があったということになります。自覚がなくても、腹の中では望んでいたということですね。

例えば、酷い振られ方をして、かつての恋人を見返そうと、仕事も趣味も頑張って成果を出せるようになった。気がついたら、元カレより数倍素敵な彼氏ができていた。

・・・・こんな場合にも、かつての酷い彼氏のおかげで今の自分があるとも言えるわけです。

一見して最悪なことでも、本当に最悪なのかは分からないということです。

そして、現実はあなたの思い通りになっている。そして必ずそれは神様からの贈り物です。

神様が、あなたに悪い贈り物をすると思いますか?

神様なら、最高のプレゼントをくれるはずです。

目の前の贈り物がどんなに大変で苦しいものに見えても、それには本当の意味があって、発見されるのを待っているんです♬

今日もここまでは、ミカエルとともにお贈りしました。

さて、後半は、木曜エジプトに行きたい!です。

前回に続いて、今日はイシスとオシリスの本当の物語を。

『古代エジプト神話と、無原罪懐胎』です。

何だかすごい話な気がしますね。

では、物語のはじまりはじまり〜

オシリスとセトは兄弟、イシスとネフティスは姉妹でした。

オシリスはイシスと結ばれセトとネフティスが結ばれました。

ある時セトはオシリスを殺害し、その遺骸を木棺に入れてナイル川(実際はアトランティスにあった川)に流してしまいます。

イシスとネフティスはオシリスの亡骸を求めて世界中を探しました。

二人はようやくオシリスの遺体を見つけ、持ち帰ります。 ところが、それを見つけたセトはオシリスの体を14の部分に切り刻み、二度と戻らないようにするために世界中にばらまいてしまったのです。

イシスとネフティスは今度はオシリスの断片を探して歩きそのうち13の断片を発見できました。 

残る14番目の断片はオシリスの男根でした。

ピラミッドの壁に描かれた物語によれば、男根以外の13の断片は元通りに復元されたとのことです。そしてトートが魔法を使うと男根が生きて現れ、その創造のエネルギーがオシリスの全身を駆け巡りました。またイシスが鷹に姿を変えて空を飛んだ後、再び地上へ舞い戻り夫のペニスを自分の翼で覆うことで受胎し飛び去ったと伝えられています。

そしてイシスは鷹の頭を持つ子供ホルスをみごもりました。これは実際にホルスの頭が鷹だったわけではなくホルスを表すヒエログリフが鷹の形をしていたからです。

ホルスは父オシリスを殺したセトに復讐をしました。・・・・という物語です。

トートはここに表現されているのは無原罪懐胎いわゆる処女降臨だと言います。

ただし別に処女である必要はないためトートは無原罪懐胎と呼んでいます。トートはホルスの誕生が次元を超越したものだったと説明しています。

イシスは、オシリスのもとへ時空を超えて飛翔しておりそこに物理的な交合はなかったのです。(フラワーオブライフより抜粋)

これが正確なイシスとオシリスの物語です。その内容とは、無原罪懐胎についての物語だったんですね。

来週に続く・・・・・・

疲れている介護士さん、疲れの原因はこれでした。

 こんにちは、介護士歴14年、ヒーラーのHidekoです。

今日は、介護士さんが常に疲れているエネルギー的な原因をお伝えします。

まず多くの介護士さんは常に疲れています。私もそうでした。

ただこれも個人差があり、そんなに疲れない人も実際にいるわけです。私はこれをずっと体質の差だろうと思っていました。それはそうなのですが、しかし体質の差って、とてもあいまいな理解の仕方だと思いませんか?

ここでは、体質の差って、具体的にはどんなこと?についての説明でもあります。

介護士は人のネガティブなエネルギーを受けやすいという話を以前しました。

人のケアが自然にできる体質とは、ケアだけでなくネガティブなエネルギーまで受け取ってしまうからです。

休日に休んでも疲れが取れず、またそのまま次の勤務に入っているという状態。それに加えて夜勤もあり、夜勤以外にも早朝から深夜までのシフトがあり、またそもそもが重労働であるということがあります。

ですから、疲れていても当然なのですが、重労働だから疲れるだけでは説明できないことがあります。

なぜなら、体を使うから疲れるというのは、これはやっていくうちに慣れていきます。小柄な女性でも20kgほどの物を簡単に持てるようになります。私は40kgの人は持ち上げることもできました。それだけ体力もついてきますし、シフト勤務もそれなりに慣れてしまうものなんです。

つまり、仕事を始めたときより、仕事に慣れれば疲れが軽減するはずなのです。

しかし多くの介護士さんが実際には疲れがだんだん取れなくなり、慢性的に疲れているのはなぜなのでしょうか。

それは、ケアしている時に、ご利用者さんたちやスタッフのネガティブなエネルギーを受け取ってしまっていることにあります。

つまり、人の感情や、気、エネルギーを自分が受け取ってしまうのです。

こんな経験はありませんか?

  • ご利用者さんから頼られ、つい引き受けてしまう
  • 周りのみんなからもお願いされることが多い
  • 自分はちゃんと働いているのに、周りの要領のいい人たちばかりが評価されていると感じるがどうすることもできない
  • 特定の人に胃のところを掴まれるような感覚になり、その人の言うことは聞いてしまう
  • 職場で揉めた時に、自分がいつも不利な役目になっている
  • 職場についただけで疲れる
  • 人混みで気持ちが悪くなる

思い当たる方は、周りのみんなの気や感情を受け止めているためにいつも疲れている状態です。それで本来は仕事に慣れていくはずなのに、逆に常に疲れている状態になってしまうのです。

では、これからどうしてネガティブなエネルギーを受け取ってしうのでしょうか。

まずは、あなたの家庭の中から見てみましょう。答えはそこにあります。

目の前の人が、家族であっても、人への尊敬、配慮は、必要です。実は家族であっても、いえ家族だからこそ、敬意を持っていることが大切なんです。

ただ実際に家族間では、なかなか配慮や尊敬の気持ちを持つことは難しいですよね。

なんでも言い合えるのが家族だと思っています。

しかし、ここのなんでも言い合えるという時、きちんとひとりの人として向き合うことが大切です。他人と同じ様に接しているでしょうか。

特に、お互いの言いづらいことを話す場合には。

そういった観点がないと、お互いの境界線を踏み越える状態になってしまいます。

もう少し言うと、感情を吐き出す人と、ネガティブなエネルギーを受けとってしまう人が存在するようになります。

もしくは、お互いに吐き出して受け取っている場合もあり、そんな場合には深みにはまります。

それは、家族どうして言い合いになって疲労困憊する時には、負の感情をお互いに、またはみんなで吐き出し受け取るということをしているんです。だから、言い合いが繰り返されるだけで、解決ができない状態になります。

エネルギー的な癒着状態です。境界線がなくなっている状態です。

このエネルギー的な癒着状態にいると、お互いに感情や考えも混じり合っていて、話し合っても結論などでることはなく、ただエネルギーを消耗するだけなんです。それでとてもつらいのです。

介護という中で見ると、本来介護士は、できない部分をサポートします。

しかし本来のケアだけではなく、一緒に相手の痛みや感情、ネガティブなエネルギーを受け取ってしまいます。

それをしているために介護者がいつも疲れている状態になるんです。

感情に寄り添うのと、感情をぶつけられるのは全く別です。相手の感情に寄り添うあまり、まるで自分のことのように気持ちまで受け止めていては、大変なのは当たり前です。

もっと大変なのが、先程の家族での言い争いの疲労困憊のように、どちらのエネルギーなのかの区別もなくなっている、エネルギー的な癒着状態です。

家族間でやっていることは、対人関係でもやってしまいます。家から外に出たらやらないでいられるものではありません。

もちろん、対人援助職を仕事として選ぶ方は、一生懸命にケアしてあげたいと思う方ばかりです。

そしてケアが自然にできてしまう。それは、顕在意識ではなく、潜在意識の中で、つまり何も考えなくても自然にできてしまうのです。

つまり、ケアする中で、自覚なく負の感情や痛みの感情、ネガティブなものを受け取ってしまっているんです。それも自動的に。

いわゆるスポンジ体質さん。エンパス体質。カウンセラーさん、ヒーラーさんにも多いのです。

そして、さらに疲労を重ねる原因があります。

それは、感情を受け取るだけでなく、あなたが自分のために使うべきエネルギーさえも相手に与えているのです。

自然な流れとして、病気の人には健康な人からエネルギーが流れています。それは、健全な境界線の人でもそうなっています。ですので、境界線がきちんとあれば特に問題もありません。

しかし、家族間でエネルギー的な癒着の状態にある人の場合には、本来あなた自身に使うためのエネルギーさえも、病気の人に流れていっているということになります。

つまり、要らないものを受け取っているだけではなく、自分のためのエネルギーさえも与えてしまっているという、ダブルでの疲労困憊しているのです。

これらが疲労困憊の原因でした。いつも疲れている介護士さんも対人援助職の皆さんも、自分が普段何をしているのか分かっていただけたでしょうか。

考えてみると、自覚なくエネルギー的なサポートまでやってのけるって、ある意味すごい能力です。ほんとにそう思います。

しかし、そのすごい能力をこれからはご自分のために使うことを考えてください。

そうすると疲れの質が変わり、仕事への嫌な感情もなくなり、肉体的な良い疲れ方に変わります。そうするとさらに介護士として喜ばれるようになります。なぜなら、最初の方にお伝えしたとおり、家族にも、誰にでも、そしてご自分にも敬意を持って接することがで出来る人はそうはいないからです。そうなれば、あなたが全くネガティブな感情を受け取らなくても、ご利用者さんから真の意味で信頼されることになるでしょう。

なにかのご参考になれば幸いです。

明日は、スピリチュアルな観点から、生まれる前にきめたことをお伝えします。

スピリチュアルリーディングはこちらから

最後のありがとう・介護の話

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。介護士歴14年ほどの私が、心に残るありがとうの言葉です。

『最後のありがとう』

・・・・・デイサービスに通っているかずさん(仮名)。身体が小さくって、面白いこともおっしゃる、誰からも好かれているとってもかわいい方である。そのかずさんが、病気でしばらく入院していた。

2ヶ月ぶりで、デイに戻ってきた時には、酸素マスクをつけてだった。

状態ははっきりいって良くなかった。ナースも、あと数ヶ月かな。夏はこせないと思うよ。と言っていた。

久しぶりのデイサービス、入浴を私が担当した。

「こんなになっちゃって、頭ポカーンとたたいてやろう。」「みんなに迷惑かけて。」と自分で何度も言っていた。

「なーんも、迷惑でないよ。ちゃーんと話しできるもん。」と私。

日中は比較的お元気で過ごし、ご飯も、少しずつ食べることが出来たようだ。

さあ、今日は何事もなかったね、よかったといねという帰り際、

私を見つけて、

「今日は、お風呂ありがとう。ありがとうねえ。」とかずさん。

かずさんは分かっている。もう二度とこの言葉を私に言えないかも知れないことを。

「またね、待ってるよ。」

と言って、私はトイレに駆け込んだ。涙があふれた。

今まで、この「ありがとう」を、私はちゃんと聞いてきただろうか。

これ以上嬉しいことなどない、「ありがとう」の言葉。

他のことなどどうでもいいと思った。誰が何をしたなど、もうどうでも良くなった。

・・・・それからかずさんは、状態が落ちてきて、デイの利用は無くなった。

あの「ありがとう」は、私の宝物となった。

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