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サラの言葉・美しさと愛の表現としての仕事

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。今日月曜日は、サラの言葉を。

サラとは、キリストとマグダラのマリアの子供です。

『 美しき者の意味を知っていますか。美しきものとは、見た目や肩書、お金のあるなし、給料明細に表れるのではありません。

心を込めた仕事をしていますか?ということなんです。

あなた達の星では愛情の表現としての一形態が仕事というものになっています。

必ずどの次元でもそうなるわけではありませんが、仕事をするということは、美しさ、つまり心を込めたエネルギーで存在するということです。

ある銀河では、それを仕事で表現していませんが、ここでは心を込めたエネルギーで仕事をすることが最高難度であると言えるでしょう。

心を込めるを言い換えると、大切なものを触っている時の感覚でしょうか。

ひと動作に心を込めること。それは美しさの本質です。

そんな気持ちで存在してください。

その状態で在ってください。

あなたが、その状態で存在するなら、愛情表現としての仕事、という側面は豊かさであふれるでしょう。

つまり、お金を追いかけなくとも、豊かさは自在になるということ。

しかしこれには、完全にお金への偏った考えを払拭している必要があります。

貧しさの中にあっては、自在にはなりませんから。

あなたがなりたいものにあなたはなります。

あなたがなりたいものの中に、「心を込めた美しさで存在しつづける」を置いてください。

低次の欲求を超えてくざさい。それには、人によっては低次の欲求をいったん満たさなければならないかも知れません。それは必要なプロセスです。

サラ 』

原罪の仏教的解釈・・・サラの言葉③

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

サラからのガイダンスで創世記を読み解く、今日はその③日目です。

サラとはキリストとマグダラのマリアの子供です。

創世記『岩波文庫』より・・・・

そこで神が、「天の下の大水は一つの所に集まり、乾いた所が現れよ」と言われると、そのようになった。

神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はそれを見てよしとされた。

そこで神が、「地は青草と種を生ずる草と、その中に種があって果を実らず果樹を地上に生ぜよ」と言われると、そのようになった。

地は青草と各種の種を生ずる草と、その中に種を持つ各種の果を実らす樹とを生じた。神をはそれを見てよしとされた。

こうして夕あり、また朝があった。以上が第三日目である。

・・・・英語版では・・・・

 God said “Let the waters under the sky be gathered together to one place, and let the dry land appear; and it was so.

God called the dry land “earth,” and the gathering together of the waters he called “seas.” God saw it was good.

Gode said, “Let the earth yield grass, herbs yielding seed, and fruit trees bearing fruit after their kind, withe its seed in it, on the earth;” and it was so.

the earth yielded grass, herbs yielding seed ater their kind, and trees bearing fruit, with its seed in it, after their kind; and God saw it was good.

There was evening and there was morning, a therd day.

では、サラのメッセージです。

『 ありがとう。

昨日からの続きですが、創世記には胎内にいた子供が誕生するという副次的なメッセージがあります。実は、聖書を通読するとそのことを感じられるようにできています。それは、今現在の聖書でも可能です。

母は自分の子に愛情を与えてくれる存在です。それはどんな母親でも変わりありません。ただ、愛情の方法は千差万別、人によっては愛情だとは受け取れないこともあるでしょう。そのために聖書がありました。聖書は、誰もが母の愛を受け取れるように設計されています。聖書を通してのメッセージです。

この三日目では、果実を実らせてくださいます。神は私たちに。しかしそれは、この地球上の全ての存在のためでした。人類がそれを人間のためだと思った時にいわゆる原罪という考えが起こりました。これは、原罪という考えが早いか、果実が人類のためだと思ったのが早いかという、どちらとも取れる話です。しかし、原罪とは人類そのもののテーマの一つです。太陽系を通しての。

また、それは、二元性/両極性を有するヒューマノイドの持たざるを得ない課題でした。ですので、原罪は神が造られたという一面があるとともに私たち人間の未だ解消されていない人類レベルのカルマなのです。それから逃れられる人はこの地球上にはいないのです。

原罪とは言い方を変えると(仏教的な解釈をすると)、自分の中の暗黒(やみ)を悪いものと捉えるということです。

これは、ある意味間違っていて、ある意味であっています。この世界はもはやすべてが悪いことなどなくなってしまって久しいのです。

自分の中の暗闇はある時には自分自身を傷つけ、奈落の底に落とします。しかし、谷底にある宝物を発見した時、暗黒は光そのものに変わります。それが原罪の正体です。悪いものは光だったのです。それが神が気がついてほしいと思っていることそのものです。

いいですか、進化の階段を上がるには、自分の暗黒を見る必要があります。霊的な進化とはそういうことです。楽しいことだけを追求していても実は霊的な進化は生まれません。これは、てこの原理と同じで、上がるためにはいったん下がらないとならないのです。

では、今日の創世記の三日目に戻りましょう。地と水の概念が登場します。それは、量子力学的に最小の物質の単位の中に含まれるものです。東洋思想の5行にも通じる、地、水、火、木、金、風(気)の概念は物質の最小の単位の中に含まれており、またそれぞれが神聖幾何学を形造っています。最小の単位の中には、実は全てが既に内包されているのです。その中の地と水が三日目にして登場していますが、それは当然といえば当然で、それがなければこの世界は成り立たないという、これも物質が先か神の創造が先かの議論になりますね笑。

サラ 』

光あれ・・・ サラの言葉①

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

今日から7日間に渡って、サラからのガイダンスにより、創世記(旧約聖書)の創造の7日間とサラからのメッセージをお伝えします。

テキストは、岩波文庫『創世記』です。

創世記の最初、それはこの世界の創造されたときについてを物語っています。

テキストには、

創造

第一章 始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。暗黒(やみ)が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが、神が「光あれよ」と言われると、光が出来た。神は光を見てよしとされた。神は光と暗黒との混合を分け、神は光を昼と呼び、暗黒を夜と呼ばれた。こうして夕があり、また朝があった。以上が最初の一日である。

・・・・英語版では・・・・

In the beginning God created the heavens and the earth.

Now the earth was formless and empty. Darkness was on the surface of the deep. God’s Spirit was hovering over the surface of the waters.

God’s said “Let there be light,” and there was light.

God saw the light, and saw that it was good. God divided the light from the darkness.

God called the light “day,” and the darkness he called “night.” There was evening and there was morning, one day.

では、この創造の第一日目についてサラの解説です。

みなさんは普段、この聖書のいちばん最初にでてくる創造を意識することはないでしょう。それは、どこかの天上にでもあるように思っています。神話か何かの中のことと。

しかしながら、生きるということは、すなわち創造の第一日目から七日目までを繰り返していることなのです。

創造の一日目で私たちはこの世界が光と暗黒に創り上げられるのを見ました。それはすなわち私たちの二面性を両極性を物語っています。そして、それを神はよし(good)とされているのです。

つまりここから読み解くと、暗黒さえも良いことの一部であるという理解ができます。光があるためには暗黒が必要です。それは、3次元でももっと高次の世界でも同じなのです。光だけを追い求めるのははっきり申し上げて間違っています。あなたに必要なことはあなたの暗黒を光で照らすことです

もう一度申し上げますが、光だけを求めるのはあなたがた人間にとっては自然ではありません。

光と同じくらい暗黒があなた達には存在しています。内面に同等にあるのです。

アセンションへ向かうためには、言葉を変えると地球のアセンションに貢献するには、プラスティック製品についてどうこうするのではなく(それもやってもいいですが、それよりも)、あなたの内面の暗黒さに光を当ててあげること。今の時代それは否応でも浮かび上がってきます。そこから目を背けることなく、神はあなたの光も暗黒も同じように愛おしく思ってらっしゃいます。それが神との共同創造であり、今の地球にあなたが出来る最大限の貢献です。

サラ