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とりあえず、死ぬのをやめてみる

この世の悲しみを

受けたことの後悔を

受け入れることの難しさを

自分自身をやっていくことをあきらめそうになる時、

もう一度だけと思ってやってみた結果が、あなたを裏切った時、

そんな時には、もう一度だけ、とりあえず死ぬのをやめてみる。という選択があります。

もしくは、死なないことだけは決めておく。こちらの方がより良いですが。

大切なものはあなたの命であり、他にはありません

あなたは知らないと思いますが、あなたがいるからこそ、この世界は成り立っているんです。あなたは存在するだけで価値があります。

慰めに言っているのではなく、実際にそうなっているんです。

誰かと比べるのはやめましょう

あなたはあなたのままでいいなんて聞いても、すぐそのあとで比べてしまいそうになる

自分自身だけと向き合うことをやりましょう

あなたが自分自身に対して知っていることは、ほんの少しです

今思っているあなたが本当のあなたではありません

これだけははっきりと言えます。

今のあなたが想像もできないほど、あなたの本質は大きく偉大であると。

存在するだけでこの世界を助けているんです。

あながた誰かに迷惑ばかりかけているという自覚があったとしても、本質はそうではありません。

うれしかったことを思い出してみましょう。

あなたはたくさんの喜びで包まれたことがあります。

誕生の時、あなたの周りにいた全員をあなたの光が照らしたのです。

それはまばゆい光でした。

もう一度、その光へと戻りましょう。

誰もがあなたを見てほほ笑んだその光へ。

自分だけがと思っているかもしれませんね。

自分だけがとてもつらい人生を送っていると。

それは、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

しかし、おそらくですが、あなたより大変な人生の人はこの世界にはいるはずなんです。

そうだとするなら、私だけの人生が大変だとはもう思わないように。

むしろ、みんなの人生で、いろんなことが起こり、時に傷つけあうことがあっても、それはその人の人生なんです。

あなたがケアする必要のあるのは、あなたの人生だけです。

あなたをいじめた人、憎んだいる人のことを考える時、あなたの大切なエネルギーは相手の所にながれていってしまっています。

あなたが手放すことで、あなたも周りも楽になります。あなたが今手に持っているその銃をおろしてください。

 

アコースインミラクルズの中に、

あなたがこの地球のためにできる最も素晴らしいことは、あなたが今自分を攻撃するのをやめることであるという一節があります。

 

あなたの大切な人のために、あなたが最も大切だと思っている地球上の子供たちのために、

 

今、あなたの持っている銃をおろしましょう。

そこに、あなたが生まれた時持っていた光がもう一度さすんです。

それはあなたが持っていて少しの間忘れてしまったものです。

あなた自身へと戻ってください。あなたの光の中に戻ってください。

スピリチュアルリーディング

母との共依存・人に本音を初めて言う

今日は新月です。

私はこれまで、自分の言葉を社会の中で言ったことが殆どありませんでした。

今日は、自分の意見を社会の中で言えなかったこと、それを克服してきた過程をシェアします。

まず、私が、人が何を私に期待しているのかが分かってしまうので、その期待に合わせた行動をとってしまっていた、ということがありました。

しかも、その人自身も気がついていないような潜在的な期待にさえ応えてしまっていました。

ですから、その人は、私と一緒にいるとなぜか知らないけど、身体が楽になるとか、なんだか知らないけれと仕事でうまくいくようになったりします。

こんな不思議なことを私は難なくやってのけていました。

しかし、私のおかげであると相手は思いもよらないですし、もちろんお礼など言われませんし、場合によっては私の不手際を周りと一緒になって攻撃さえしてくる、そんな状態です。

これは、生まれたときから当たり前のようにやっていたのでずっと自覚できないでいましたが、生きるのが辛いことだけは確かでした。

では、なぜ私がそこまで周りの人の期待に答えようとしてしまうのかというと、それは自己価値を感じていなかったからです。

自分には価値がないと思っていることに気がついたのは、ほんの7、8年前ですが笑。

それ以来、自己クリアリングを毎日やっているにも関わらず、自己価値が依然として上がらない私がいます。

が同時に長い間自己ヒーリングを続けているので、癒やされて自分は素晴らしいと思っている割合は大きくなってきました。

だからこそ今日こんなことを書いていられるんですね。

自己価値がゼロの時には、自己価値がないと自覚することは耐えられなかったと思います。

では、どうして私はそんなに自己価値が低い体験をたくさんしているのかということですが、それは母親との共依存からくることです。

言ってみれば、母親が私と24時間一緒にいて、お前など価値がない、死んだほうが良いと言われ続けている、共依存とはそんな状態なんです。

母の場合には、どうしても私が憎く、嫉妬心からくる共依存関係です。私のことが心配だからでは全くありませんでした笑。

そして共依存とは、母親の考えを自分の考えだと思い込んでいるそんな状態です。だから、私は何をやってもだめで、どんなにスピリチュアルな法則を試しても、結局は価値がなく死んだほういいという母の気持ちを受け取り、そうだと思っていたんです。

今思っても恐ろしいです。

では、どうしてそんなことになったのかというと、母が私をほとんど憎んでいることを母親のお腹の中で気がつきました。

それ以来、母親に生きるために私の大切なエネルギーを送り続けてきました。

母親は病気がちで色々大変だったこともあり、昭和の田舎の村では、子供が生まれないわけにはいかなかったため、生まれてくれなければ困るが、生まれてくれさえすれば、後はどうでもよかったんですね。お腹の中でそう感じましたし、今の母を見てもそれは同じです。

だから私が生きるためには、母の思いを叶える必要があると思ったんです。

生死が関わっていくるので、私は必死でした。とにかく生きるために、そうやろうと決めたんです。

母親の嫌なことは、母親が気が付かないうちに叶える、そんなことも朝飯前のようにやってきました。

母は私が生まれてから、体調がとても良く、生きるのが楽になったようです。

私と一緒に働いていた人たちの誰かがそうだったように。

そして、私は自分を無くして、生きるために母親の人生を助けることだけが自分の人生になってもいいと思ったんです。

それは、私の人生が困難の連続だったこととイコールでした。

さて、そんな風だと社会の中でも何も言えないという事が起こります。

母親との関係は、そのまま社会との関係に影響を与えます。つまりは、完全に従うしかない関係です。

しかし、私もスピリチュアルなことを学び、このままではいけないと、生まれて初めて自分のことを自分の言葉を話す時がやってきました。

それはまるで3歳児のままの自分が話すことだったと分かる結果になりました。

それは、もう辞めることが確定してから上司に自分の気持ちを言ったのが初めてでした。

上司から電話があった際に、もう辞めるんだから言ってもいいと思ったこともあり、初めて自分の気持ちを人に伝えました。

しかしそれは大変酷いものでした。

「お前なんか、何にも分かっちゃいない、電話なんてしてきて、自分の保身のためだけじゃないか、何のために電話してきたんだ、かけてくるな・・・・」と叫んでしまったんです。

本当に酷いですが、本音でした。

3歳児のままの、今まで人に本音を言ったことがないことで、こんな言い方に。しかも、言い方はとても酷いのに、言いたいことの2割も言えたのかどうか・・・

後悔はしていませんが、後になって反省。

この言葉は、私が母親に言いたかった言葉そのものでした。

つまり、大人の母親と3歳児の私という関係がそこには存在していたのです。私が母親の人生を助けようと決めたときから、関係性は変わっていなかったんです。

また、起こったことは霊的にはフィフティ・フィフティです。どちらかだけが悪いということはない。相手も、私と同じだけこの体験を引き寄せていた。という霊的な事実もあります。(社会通念とは別の)

さて、これがあって、この後数年後には私も成長したのか、上司に本当のことを伝えられるようになりました(上司が受け入れられる範囲でという限定した内容でしたが)。

そしてその後には、母親に私の気持ちと要求を伝えて、聞いてもらえるまでに成長しました。

それまでにも自分の気持ちは母に言ったことは何度もありましたが、いつも気持ちをぶつけるだけで聞き入れられなかったり、言い合いになって私だけが疲労困憊する、または私だけが大泣きしてしまう。そんな有り様だったんです。

その時の母はと言えば、私が何を言っても聞いているフリだけで、はいはい、また始まった、としか思っていませんでした。3歳児と大人という関係です。

しかし、ある時から、聞き入れられるようになったのでした。

それは、母親がいくら私に価値がないと言ったとしても、それは本当ではないと腹から思えるようになることと、供依存関係がある程度解消されたことが大きかったと思います。

自分の気持ちを相手に伝わるように伝えるには、やはりここでも母親との関係がベースにあるんです。

みなさんのご参考になれば幸いです♪

言えないことのストレスは大きい

今日は月齢23.7。

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

今日は本音を言えない理由と、そのストレスについてです。

『自分自身を完全に発揮したら、つまり本音で話したら、全てが終わるんじゃないか』

かつての職場では、自分が黙っていることで、この場を乗り切るしかないと思っていた私でしたが、同僚に言わせると、結構好き勝手やっていたように見えていたとのこと・・・・、今日は機嫌が良いか悪いかすぐ分かった、分かりやすかったから・・・などと言われてしまいました。

私としては、自分の言いたいことは言わず、今この場所での模範解答的な言動をしていたつもりでしたし、実際に自分の本音を言ったことはありませんでした。

が、それは相当なストレスだったんですね。

そのために、気分にムラがあったり、肝心なことでミスしてしまったりしていました。

自分の言いたいことを言わないストレスを侮ってはいけなかったんです。

自分の本音を話しても良いと思ったことは、生まれてからほんの数年前までありませんでした。数年前にやっと本当に信頼できるところでだけなら話せるようになったような状態です。

ましてや職場で自分の気持ちを話すなんて、考えられませんでした。

それは、私が極端に怖がりで、『自分の本音を言ってしまったらおしまいだ』とか、『本当の自分自身を生きようとするなんてとてもできない』『そんなことをしたらすべてが台無しになる』そんな風に思っていたからです。

私は生来のエンパス体質により、みんなが何を期待しているかを感じ取ってしまい、その場の模範的な受け答えをしてきました。

時には、模範的ではなく、みんなが期待するダメな自分にさえなってしまっていました。

それは人々の本音を感じ取ってしまうからです。そして人々は、本音は決して言葉にはしません。上辺だけの言葉と真逆の本音。

私はそれをどうして良いのかが分からずにきました。そして、どうにかしなければならないとずっと思ってきました。

ちなみにそれは機能不全家族に生まれた宿命(笑)からそう思ってしまっていたわけです。つまり、生まれた時から、自分が父と母との関係をなんとかしなければと思っていました。そして、両者の本音と建前の間で疲労困憊し、結局うまくいかず敗北感を感じていました。

それでどこに行ってもこの職場の、このグループ全体の関係性をなんとかしなくてはと思っては疲労していたのです。

でも考えてみれば、職場の齟齬があろうがなかろうが私には関係ないというスタンスでも良いわけです。

そのストレスが大きいことを自覚してからは、仕事そのものに集中するようになりました。結局仕事に行ってるんですからね。

この本音と建前の世界。

職場で自分の言いたいことを言うことなど、私には天文学的に理解できないことだったんです。

職場だけではありません。

美容院でも、『もっと後ろ切ってください』と言えるようになった美容師さんはこれまで一人だけ。それまでは、何も言わずまるで満足したかのように振る舞い、家に帰ってきて自分でカットしていました。

服を買いに行っても、店員さんに気を使ってしまうから、ネットで買うほうが冷静に選べるんです。

サービスを受ける側のときでさえ、一体私は何をそんなに恐れているのだろうか?

エンパスであることは、大きな要因です。

目の前の人が本当は何を考えているのかが分かってしまうので、それを言ってしまうのは怖いです。もし本当のことを言ってしまったら、相手は『そんなことあるわけがない』と言って激怒してしまいます。(実際に激怒させてしまったことはあります。)

ですので、みんなが望んでいるこの場の模範解答を言うのはストレスが大きすぎると分かったし、かと言って本音を言うわけにもいかないのは学んだ。

黙っているしかない。この堂々巡りです。

では、そんな私が人に自分の気持ちを話せるようになった克服の過程はこちら、共依存・人に本音を初めて言う、をどうぞ♫

アトランティスの光と影

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

日々波動が高まるこの世界において、みなさん、なんとも言われぬ苦痛、心と身体の不調や痛みを感じている人が、最近多いように感じます。

私もその一人ですが、最近少しわかったことがあり、何かのヒントになればと思い書いていおります。

アトランティスの時、私たちは、縦横無尽に分析を尽くしました。

すべての事象、対象物を、徹底的に細分化した、と言えると思います。

人も、動植物もそれに含まれていました。

(そして、アトランティスの実験の中にはここでは書けないような内容もたくさんありました。)

自分とは何か?

その答えがそれによって見つかると思ったのです。

人の心とはもちろん、そんなことでは推し量れません。

しかし、アトランティスの人々は、いえ、私たちがアトランティスで行ったのは、そうしたことでした。

それによってわかったことがありました。

それは、人には魂が必ず存在していること、魂と心があること

魂と心は一緒にあるもので、感情と思考がそれを教えてくれること・・・・

そして私たちは、肉体というこの世界を生きるための乗り物に乗っていること、

心と魂のことは、身体がいちばんわかっているのかもしれません。

さて、アトランティスで私達が学んだ素晴らしい成果の一方で、負の遺産とでも言うべき分析的思考を私たちは身につけてしまったようです。

いつまでたっても自分の価値観が上がらない

自己価値が感じられない

何度ヒーリングしても、結局価値のない自分が現れる

こんな人は、私の周りにも少なからずいますし、私自身もそうです。

それは、育った環境に寄るところが大きいのはそうなのですが、ここでは、アトランティスの分析的思考の影響であるという一面を紹介したいと思います。

私たちは、アトランティスで、被験者も試験管もどちらも経験したことがあるかもしれません。

そのことがDNAレベルで自分たちを変えてしまったことは気が付かれてはいないのかもしれませんが、全体性を失わせて、二元性を強めたことは確かだと思います。

ワンネスから遠ざかってしまったんです。目的とはうらはらに。

魂レベルでもDNAレベルにおいても、分析的傾向、つまりは、全体性への批判的論考は、そのまま私達の自己批判となって今に受け継がれている、そう言えるのだと思います。

それが、私達がエネルギー的に、そして肉体的に、辛さやときに体調不良や辛さになって今現れている、そう思うのです。

少し前にこんなことがありました。

日常であまりに多くのことが一度に起こってしまい、しかも、その一つひとつのことが、いいこともあれば良くないこともある。

起こった一つの出来事が、良かった、悪かった、の一言では表すことができない。

いいことも良くないことも含まれていて、以前のように、辛いことが起こったから泣いて解消する・・ことができずに、一方では泣きたい、しかし他方ではいくつかの違う感情が生まれて、どうしたいいかわからずに、結局私は、そのときの自分がただ辛くて仕方なかった。

そんな体験をしたんです。

その数日後、アトランティスのことを思い出して、

アトランティスの目的が愛だったとして、しかし、目的のために傷ついてしまった、とても大きな傷を抱えることになった。今現在に至るまでの。

結局分析的な態度では愛を得ることはなかったのだろうと思います。

いくら細部に分けてみても、論証はできるが、全体もわからず、愛もそこにはない。

私の中に、アトランティスの末裔の血がはっきり流れるのが分かるんです。なぜなら、私自身が細部に拘りすぎるから笑。

そして、そこで起こったことがどうだったにせよ、アトランティスは私自身であり、私の一部なんです。

さて、アトランティスに愛がなかったのか?

いいえ、そうではないんです。

分析的なことが痛みを産んだと言いましたが、

ただ細分化するだけならそこに痛みはないはずですよね。

もし、アトランティスの叡智の視点で話すならこう言います。

私たちは、事象を感情的に思考的に捉えがちですよね。特に大変なときは。

しかし、アトランティスの視点をもって、さらに一歩進み、起こったことをありのままに眺めるようにしてみる。

分析をしてしまい、感情的になっても、その後で、それらも含めた大枠の愛情という視点で眺めてみる。

もしくは、良いも悪いも手放した中道という視点で。

客観的に眺めてみる。

つまり、究極的に分析的な思考と、ありのままの全体的な眺め、そして、アトランティス的方法への愛情を持って、見つめてみる。

そこから見つめる世界は、私たちを混沌の中から解き放ってくれるように思います。

アトランティスの負の遺産はアトランティスが産んだ愛を理解して変容させる!

そう言えるのだと思います。

手放す時って、いつもカッコいいもんじゃない

自分にあったことを捉えることができるようになるまで

自分が何を計画したのかの全容がわかるまでには、かなりの時間を要すると思う

自分で計画したということを受け入れるまでが一番長い

なぜならそう思いたくはないから

しかし、いつかあきらめる時が来る

かっこいいもんじゃない

仕方なくあきらめる ほんと仕方ないから、がいちばんの理由だったりする

何をか?

自分で自分の責任を取ることをだ。

終わりなく続くように思えた苦しみはいつか終わる

私において終わったのだから、みんなの上においても必ず終わる

その後に課題がなくなるわけではないが、もっと大きな課題がやってくるかもしれないが、これまでのような暗闇でなないはずだ

課題の質も変わってくるだろう

私の言葉で言うなら光を受け入れた時、

光が真実だと認めた時、

言い換えると、手放した時

何度も言うが、それはかっこいい感じでは訪れない

私の場合には、手放せないことと職場の問題がリンクしていて、今日中に手放せないと、明日職場でもめそうだったから、仕方なく手放した。

かっこ悪いけどこれがホントの手放せた理由。

手放し、あきらめ、光だということを受け入れた

そんな感じだった

それは、51%が光で49%が闇になった時と言えるのかもしれないし、

光それは愛であるが、愛に目を向けると決めたと言えるのかもしれないし、

もう人のせいにしない、

自分の人生の責任を自分が持つと、

自分の中の最も傷ついた自分が、受け入れたとも言える。

苦しみは、終わり光へ向かう

時間がかかることにまずはOKを出そう

困難が大きければ時間がかかるもの

大きな課題の後ろ側にあるもの

それがあなたが見たかったものにほかならない

それを見つけるためにあなたはこの星に生まれたのだから

いつも言う言葉は、今日の自分にYES!

当時はそんなこと思いもしなかったが、今3年前の暗闇真っ只中で苦しんでいた自分が何よりも愛おしいと思える

みんなにもそんな日が来るから

連載・母と子供①全ての問題はインナーチャイルドの問題である。

ここから4回で、母と子供の関係についてをお話ししたいと思います。

今日はその①、

全ての問題はインナーチャイルドの問題である

です。

子供が育つ過程では、母親の愛情を目一杯に受ける、受けとることが特に必要な時期があります。

そこではお母さんが(または代わりとなってくれた祖母、姉、おばなどの存在が)、無条件の愛で包んでくれることが、健全なパーソナリティを育むには不可欠です。

特にお腹の中から、乳児期、幼児期2歳ごろまでは発達に置いて必須の時期です。

多くの場合には、無条件の愛でいつもいてあげられる親はそんなに多くはないのかも知れません。しかし、少なくともベースに子供への愛情があることは大切です。

また幼児期後期の課題には、自主性があります。はじめて友達の中、世の中に出てみて、どうやったらいいのか、何をしたいのか、どうすればできるのかということの基礎的な訓練をする時期。

その時には、友達の中でうまいかかなくても、家に帰ればそれを無条件で認めてくれて、また行ってらっしゃいと送り出してくれるお母さんや家族の存在が大切になります。

自分が何をしても愛されるという絶対の安心が必要なんです。

しかし、このころに親が支配的であったり、拒否されていたり、または自習性を認めない、過干渉(一種の支配ですが)だったとしたら、つまり、親の好きなように都合のいいようにされたとしたら、

発達の自主性が育まれることはなく、親や周りの顔色を伺うようになります。親に愛されたいがゆえ、また生きる必要性からも親の言うことを聞かなければならないと思います。多くは恐怖心からそうならざるをえない。この年齢でです。

また、子供は、

ここが安全だと思えない

世界は危険である 怖い

自分は恥である

自分に価値があるとは思えない

お母さんのため、家族のため、周りの誰かのために生きるのが当たり前になる

おさめることのできない怒りを持っている。

etc。

このような価値観や感情を溜め込んで生きてくようになります。

さて、自分の人生を生きるために、自分自身を取り戻す時、

ある程度までくると、

これら胎児、乳児、幼児期の癒しが必要となってきます。

それらを含めた潜在意識の領域の一部をインナーチャイルドと言います。

それらを、玉ねぎの皮を一枚一枚向いていくかのように、

自分自身を取り戻していく過程になっていきます。

そこにあるのは、自分と家族との関係であり、突き詰めていくと、お母さんとの関係です。

友人関係、職場、恋愛、人生全般の全ての問題はインナーチャイルドの問題であり、両親と子供、つまりは母と子の関係性によるものです。

さて、ここで手軽にできて、効果的なインナーチャイルドとの交流方法を★
・インナーチャイルドは体のどこかにいます。体の違和感のあるところにいることが多いです。例えば肩が痛かったら手を当ててあげて言葉をかけてあげてください。「大丈夫だよ。一緒にいるよ。ありがとう。」
・そして、日ごろから体と対話することを心がけます。そうすると体は喜びますし、インナーチャイルドの存在も分かるようになってきます。
・傷ついているので、そっと大切に触れてあげてくださいね。

次は、強い承認欲求は、親にぶつかってみる!で解決しよう。

連載・母と子②承認欲求

前回は、全ての問題はインナーチャイルドの問題である。とお伝えしましたが、

今日は、承認欲求について。

その解決は、親に言いたいことを言ってみるです。

多くの人は、『自分の成果をみんなに知ってもらいたい!』

って、そう思いますよね。

例えば、一生懸命に練習してコンテストで入賞した!

『やった!これでみんなに知ってもらえる!』

この場合には、自分の欲求がうまく形になっている。健全です。

その一方では、認められることが至上命題となっている場合があります。

ほとんどの人が、みんなに、または誰かに認めてもらいたくて、活動してはいるんです。

しかし、度がすぎると、自分というものがなくなってしまう。

例えば、上司や、友達、恋人などが、認めてくれない、認めてくれるで一喜一憂するのは辛いものですし、多くの場合には嫌がられてしまいます。

しかし、承認欲求強い時には、気が付かなかったりします。

私もかつて承認欲求が強いかなり痛い人でしたが笑、承認欲求が強い時には相手のことを考えてあげられる余裕などありません。

私の周りはとても思いやりの深い人が多かったので、何となくは仲間として受け入れてもらえていましたが、会社などでやってしまうとちょっと大変だと思います。

そんな状態とは、認めてもらえないとこの場所にはいられないと思っているんですね。

だいたい、この世界に生きていていいと思えないのですから、この職場に、このサークルに、学校に居てもいいと誰かの口から言ってもらえるまでは、安心など出来るはずがありません。

それは、子供の頃に認めてもらえるはずの欲求をちゃんと満たしていない為にそうなります。

だから、必死で誰かの(上司や立場の上の誰かの)承認を得ようとせざるを得ない。

究極的にはお母さんからの愛をもらえなかった。それで必死になる。やっぱりここでも、お母さんとの関係があります。

ここで大切なのは、まずは、自分がそういう状態であることを知っておくことです。

自分は承認欲求が強い。

誰かにとても認めてもらいたいと思っている。

おそらく、本当に小さい頃に愛を受け取れなかったらしい。

それを自覚することがまずは大切ですよね。

そして、それから、

そんな自分に優しく接してあげましょう。

悪いことではないんです。

ただ、もらえなかった愛を今誰かからもらおうとしてしまう。

そのために時に誰かや自分自身を傷つけてしまう。

ということです。

スピリチュアルな法則で、

こうして欲しいと思えば思うほど、遠のく。というのがあります笑。

つまり、認められたい、みんなに、上司に、世の中に、お母さんに。

でも、その思いが強すぎると、逆に遠のいてしまうんですね。

こんな人周りにいませんか?

かつての私のように、周りの人たちや、上の立場の誰かや、世の中に向けて、認めて!認めて!という態度でいる人。

それって相当に逆効果ですよね。いい上司だったら、大目に見てくれるかもしれませんが、周りの友達からは、鬱陶しがられてしまいます。

さて、承認欲求が満たされない時には、同時に親に対して不満がたくさんあるものです。そしてそれは同じくらい解消されていないはずです。

そんな時、親にぶつかってみる。という方法をおすすめします。

思いの丈を親にぶつけましょう!

今まで言えずにきたことを全部。洗いざらい!

ちなみに私自身も過去にそれをやったことがあります。

その効果はと言うと、

うまく全部を出し切ることはできませんでしたが、言いたいことを初めて言えて満足したと思います。もし、あなたが親に反抗したことがない、本音を言ったことがない。そんな子供時代だったとしたら、この方法は有効だと思います。

もしくは、思いの丈を手紙に書く。信頼できる人に聞いてもらう方法もあります。もし親御さんがご存命であれば伝えることが可能であれば伝えたほうがいいと思います。

ここで大切なのは、あくまで初めて本音をぶつけるという行為そのものにあります。結果はどうあれ、

それをすることで、私はただ黙ってあなた(達)の言うことを受け入れるだけの人間じゃないことと宣言することになります。

初めていわれた親の方は、ポカンとするか、逆切れするか、話にもならないかもしれません。必要なのは、自分は黙って言うことを聞いているのではないと意思表示することにあります。

それで、承認欲求が満たされるということではありません。

しかし親に本音でぶつかってみるというのは必要なことだと思います。

みなさんの何かの参考になれば幸いです。

さて次回は、さらなる解決法へと向かいます。

③諦める

連載・母と子③諦める

②の承認欲求の話し、自分にも心当たりあるなあという方、普通ありますからご心配なく。

今日のテーマは諦める!です。

誰かがあなたを認めてくれることを諦めましょう。

深い部分では、お母さんがあなたを認めてくれることをになります。

お母さんは、あなたの欲しいものを与えることはできないんです。

誰かがあなたを認めてくれることはない。

つまり、あなたが与えてほしいと思っているものをくれることはない。

ということです。

多くの人の世の中で認められたいの根底にあるのが、

母に認められたいというものです。

頑張っていい成績を取ろうとする、

お母さんが喜ぶからと、周りの人を助けなくちゃと思っている、

お母さんが望む自分でいなくっちゃだめ。

認められたいと思ってとる行動には、

一見、認められたいとは思えないようなこともあります。

お母さんより優秀にならない、

お母さんより醜くなろう、

お母さんが望んだダメな自分になることでお母さんに認めてもらいたい!ということさえあります。

切ないですが、割とみんなこれをやっています。

どんな親でも、子供にとっては唯一のお母さんなんですね。

しかし、どんなに頑張っても、お母さんはあなたを認めることはありません。

それはできません。

なぜなら、お母さん自身がそれを与えてもらえなかったんです。

だから、あなたにあげるものを、それは無条件の愛にほかならないのですが、それを持ち合わせていないのです。

諦めるしかない。

悲しいけれどこれが、私たち子供が知る必要のある客観的事実。

私はこれの客観的事実を知ってから諦めるまでにかなりの年数を要しました。いやあ、頭では分かっていても、腹には中々落ちないものですね笑。ここは、結構頑張りどころでした。

しかし、この諦めるということをやれるようになる時、人生が開けます。

次は、人生って、誰のものでしょう?へ。

連載・母と子④自分の人生を生きるとは

昨日お伝えした通り、お母さんは、あなたが欲しい愛を与えることはできない。なぜなら、お母さん自身が愛をもらえなかったから。だから諦めましょう笑。

という事実があります。

でも、大丈夫。少しだけでも手放していけたら、その分だけ、あなたの人生が開けるといういいことがあります。

 あなたの人生をつかむために、
あなたがあなたを認めてあげることを始めてください。

これからは、

あなた自身が、あなたのことを第1番に認めてあげる。

たとえ、誰も認めてくれなくても、

あなただけはあなたの味方でいてあげる。

あなたのことを本当に分かってあげられるのはあなたしかいません。

それは、自分の責任を自分で取ることとイコールです。

本当の意味で、あなた自身の人生を生きると決めるということです。

そこには本当の自由があります。母親と依存の関係にあるうちは本当には自由ではありません。

あなたは自由になっていい。

もう誰かの承認を得る必要はありません。

母親に承認してほしいという欲求が強ければ強いほど、それはかなわないことは、いつの日か気が付かざるを得ません。

しかし、母親からの承認を手放した時、そこには信じられないような宝の山があるんです。

どうぞ両手を広げてあなたの人生をつかんでください。

そうなったあなたには恩恵が待っています。

それはこれまでどんなに親を責めても全く聞いてもらえなかったのに、あなたがあなたの人生を生き始めた途端、お母さんや家族が、変わってしまうのです。

これを波動が変わる、周波数が変わるという言い方をすることもあります。

そこには感じよく話しかけてくる別人の彼らがいたりします。それには笑ってしまいますね。

言い方を変えると、お母さんも自分の人生を見つけ始めます。

あなたの周りの人たちも。

そして、生き方を変えることができない人は、あなたの人生から去って行きます。

世界が変わり始めます。あなたが、変わることで、住んでいる世界が変わるんです。

さてさて、それだけじゃない。そこには更なる恩恵があるんですよ。

スピリチュアリティとしてのあなたとお母さんの関係というものに気が付き始めます。

あなたと親との深いところでの繋がり。

本当はあなたのご両親、お母さんは、あなたのためにその役割を担ってくれていたという事実があります。

それは、愛からの申し出だったに違いありません。

彼らの愛を受けとるとき、

あなたの世界はさらに一変するでしょう。

最も苦しんだところに最も大きい恩恵は転がっているものです。

あなたの使命や、人生の目的もそこに。

どうぞ人生の恩恵を受け取ってくださいね。

スピリチュアルリーディング

インナーチャイルドセラピー