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原罪の仏教的解釈・・・サラの言葉③

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

サラからのガイダンスで創世記を読み解く、今日はその③日目です。

サラとはキリストとマグダラのマリアの子供です。

創世記『岩波文庫』より・・・・

そこで神が、「天の下の大水は一つの所に集まり、乾いた所が現れよ」と言われると、そのようになった。

神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はそれを見てよしとされた。

そこで神が、「地は青草と種を生ずる草と、その中に種があって果を実らず果樹を地上に生ぜよ」と言われると、そのようになった。

地は青草と各種の種を生ずる草と、その中に種を持つ各種の果を実らす樹とを生じた。神をはそれを見てよしとされた。

こうして夕あり、また朝があった。以上が第三日目である。

・・・・英語版では・・・・

 God said “Let the waters under the sky be gathered together to one place, and let the dry land appear; and it was so.

God called the dry land “earth,” and the gathering together of the waters he called “seas.” God saw it was good.

Gode said, “Let the earth yield grass, herbs yielding seed, and fruit trees bearing fruit after their kind, withe its seed in it, on the earth;” and it was so.

the earth yielded grass, herbs yielding seed ater their kind, and trees bearing fruit, with its seed in it, after their kind; and God saw it was good.

There was evening and there was morning, a therd day.

では、サラのメッセージです。

『 ありがとう。

昨日からの続きですが、創世記には胎内にいた子供が誕生するという副次的なメッセージがあります。実は、聖書を通読するとそのことを感じられるようにできています。それは、今現在の聖書でも可能です。

母は自分の子に愛情を与えてくれる存在です。それはどんな母親でも変わりありません。ただ、愛情の方法は千差万別、人によっては愛情だとは受け取れないこともあるでしょう。そのために聖書がありました。聖書は、誰もが母の愛を受け取れるように設計されています。聖書を通してのメッセージです。

この三日目では、果実を実らせてくださいます。神は私たちに。しかしそれは、この地球上の全ての存在のためでした。人類がそれを人間のためだと思った時にいわゆる原罪という考えが起こりました。これは、原罪という考えが早いか、果実が人類のためだと思ったのが早いかという、どちらとも取れる話です。しかし、原罪とは人類そのもののテーマの一つです。太陽系を通しての。

また、それは、二元性/両極性を有するヒューマノイドの持たざるを得ない課題でした。ですので、原罪は神が造られたという一面があるとともに私たち人間の未だ解消されていない人類レベルのカルマなのです。それから逃れられる人はこの地球上にはいないのです。

原罪とは言い方を変えると(仏教的な解釈をすると)、自分の中の暗黒(やみ)を悪いものと捉えるということです。

これは、ある意味間違っていて、ある意味であっています。この世界はもはやすべてが悪いことなどなくなってしまって久しいのです。

自分の中の暗闇はある時には自分自身を傷つけ、奈落の底に落とします。しかし、谷底にある宝物を発見した時、暗黒は光そのものに変わります。それが原罪の正体です。悪いものは光だったのです。それが神が気がついてほしいと思っていることそのものです。

いいですか、進化の階段を上がるには、自分の暗黒を見る必要があります。霊的な進化とはそういうことです。楽しいことだけを追求していても実は霊的な進化は生まれません。これは、てこの原理と同じで、上がるためにはいったん下がらないとならないのです。

では、今日の創世記の三日目に戻りましょう。地と水の概念が登場します。それは、量子力学的に最小の物質の単位の中に含まれるものです。東洋思想の5行にも通じる、地、水、火、木、金、風(気)の概念は物質の最小の単位の中に含まれており、またそれぞれが神聖幾何学を形造っています。最小の単位の中には、実は全てが既に内包されているのです。その中の地と水が三日目にして登場していますが、それは当然といえば当然で、それがなければこの世界は成り立たないという、これも物質が先か神の創造が先かの議論になりますね笑。

サラ 』

サラの言葉②

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

昨日から旧約聖書の創世記をサラとともにお伝えしています、今日は創世記の二日目です。

サラとはマグダラのマリアとキリストの子供であり、地球上でアセンションを遂げた高次元の存在です。

では、岩波文庫『創世記』より

そこで神が、「大水の間に一つの大空が出来て、大水と大水の間を分けよ」と言われると、そのようになった。神は大空を造り、大空の下の大水と大空の上の大水とを分けられた。

神は大空を天と呼ばれた。神はそれを見てよしとされた。こうした夕あり、また朝があった。以上が第二日目である。

・・・・英語版・・・・

God said, “Let there be an expanse in the middle of the waters, and let it divide the waters from the waters.

God made the expanse, and divided the waters which were ander the expanse from the waters which were above the expanse; and it was so.

God called the expanse ” Sky.” There was evening and there was morning, a second day.

では、サラからのガイダンスです。

『 勇気を持ってあなた自身を歩き出してください。

既成の概念やこれまでの決まりごとなどは無視しましょう。

あなたの人生はあなたにしか完全には理解できません。人の数だけ人生があっていいんです。それを理解してください。そうは見えなくてもみなさんの人生には等しく意味があり等しく尊いのです。

大空がかつては大水を分ったものであるとは、大水を切り開くのはあなた自身であるということ。大水とは母親の羊水を表し、母の羊水からもう一度生まれると言うこと。再誕生するのです。

そこに浮かび上がる景色ははまさしくあなたの羽ばたく大空・天空に違いありません。

サラ  』