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疲れている介護士さん、疲れの原因はこれでした。

 こんにちは、介護士歴14年、ヒーラーのHidekoです。

今日は、介護士さんが常に疲れているエネルギー的な原因をお伝えします。

まず多くの介護士さんは常に疲れています。私もそうでした。

ただこれも個人差があり、そんなに疲れない人も実際にいるわけです。私はこれをずっと体質の差だろうと思っていました。それはそうなのですが、しかし体質の差って、とてもあいまいな理解の仕方だと思いませんか?

ここでは、体質の差って、具体的にはどんなこと?についての説明でもあります。

介護士は人のネガティブなエネルギーを受けやすいという話を以前しました。

人のケアが自然にできる体質とは、ケアだけでなくネガティブなエネルギーまで受け取ってしまうからです。

休日に休んでも疲れが取れず、またそのまま次の勤務に入っているという状態。それに加えて夜勤もあり、夜勤以外にも早朝から深夜までのシフトがあり、またそもそもが重労働であるということがあります。

ですから、疲れていても当然なのですが、重労働だから疲れるだけでは説明できないことがあります。

なぜなら、体を使うから疲れるというのは、これはやっていくうちに慣れていきます。小柄な女性でも20kgほどの物を簡単に持てるようになります。私は40kgの人は持ち上げることもできました。それだけ体力もついてきますし、シフト勤務もそれなりに慣れてしまうものなんです。

つまり、仕事を始めたときより、仕事に慣れれば疲れが軽減するはずなのです。

しかし多くの介護士さんが実際には疲れがだんだん取れなくなり、慢性的に疲れているのはなぜなのでしょうか。

それは、ケアしている時に、ご利用者さんたちやスタッフのネガティブなエネルギーを受け取ってしまっていることにあります。

つまり、人の感情や、気、エネルギーを自分が受け取ってしまうのです。

こんな経験はありませんか?

  • ご利用者さんから頼られ、つい引き受けてしまう
  • 周りのみんなからもお願いされることが多い
  • 自分はちゃんと働いているのに、周りの要領のいい人たちばかりが評価されていると感じるがどうすることもできない
  • 特定の人に胃のところを掴まれるような感覚になり、その人の言うことは聞いてしまう
  • 職場で揉めた時に、自分がいつも不利な役目になっている
  • 職場についただけで疲れる
  • 人混みで気持ちが悪くなる

思い当たる方は、周りのみんなの気や感情を受け止めているためにいつも疲れている状態です。それで本来は仕事に慣れていくはずなのに、逆に常に疲れている状態になってしまうのです。

では、これからどうしてネガティブなエネルギーを受け取ってしうのでしょうか。

まずは、あなたの家庭の中から見てみましょう。答えはそこにあります。

目の前の人が、家族であっても、人への尊敬、配慮は、必要です。実は家族であっても、いえ家族だからこそ、敬意を持っていることが大切なんです。

ただ実際に家族間では、なかなか配慮や尊敬の気持ちを持つことは難しいですよね。

なんでも言い合えるのが家族だと思っています。

しかし、ここのなんでも言い合えるという時、きちんとひとりの人として向き合うことが大切です。他人と同じ様に接しているでしょうか。

特に、お互いの言いづらいことを話す場合には。

そういった観点がないと、お互いの境界線を踏み越える状態になってしまいます。

もう少し言うと、感情を吐き出す人と、ネガティブなエネルギーを受けとってしまう人が存在するようになります。

もしくは、お互いに吐き出して受け取っている場合もあり、そんな場合には深みにはまります。

それは、家族どうして言い合いになって疲労困憊する時には、負の感情をお互いに、またはみんなで吐き出し受け取るということをしているんです。だから、言い合いが繰り返されるだけで、解決ができない状態になります。

エネルギー的な癒着状態です。境界線がなくなっている状態です。

このエネルギー的な癒着状態にいると、お互いに感情や考えも混じり合っていて、話し合っても結論などでることはなく、ただエネルギーを消耗するだけなんです。それでとてもつらいのです。

介護という中で見ると、本来介護士は、できない部分をサポートします。

しかし本来のケアだけではなく、一緒に相手の痛みや感情、ネガティブなエネルギーを受け取ってしまいます。

それをしているために介護者がいつも疲れている状態になるんです。

感情に寄り添うのと、感情をぶつけられるのは全く別です。相手の感情に寄り添うあまり、まるで自分のことのように気持ちまで受け止めていては、大変なのは当たり前です。

もっと大変なのが、先程の家族での言い争いの疲労困憊のように、どちらのエネルギーなのかの区別もなくなっている、エネルギー的な癒着状態です。

家族間でやっていることは、対人関係でもやってしまいます。家から外に出たらやらないでいられるものではありません。

もちろん、対人援助職を仕事として選ぶ方は、一生懸命にケアしてあげたいと思う方ばかりです。

そしてケアが自然にできてしまう。それは、顕在意識ではなく、潜在意識の中で、つまり何も考えなくても自然にできてしまうのです。

つまり、ケアする中で、自覚なく負の感情や痛みの感情、ネガティブなものを受け取ってしまっているんです。それも自動的に。

いわゆるスポンジ体質さん。エンパス体質。カウンセラーさん、ヒーラーさんにも多いのです。

そして、さらに疲労を重ねる原因があります。

それは、感情を受け取るだけでなく、あなたが自分のために使うべきエネルギーさえも相手に与えているのです。

自然な流れとして、病気の人には健康な人からエネルギーが流れています。それは、健全な境界線の人でもそうなっています。ですので、境界線がきちんとあれば特に問題もありません。

しかし、家族間でエネルギー的な癒着の状態にある人の場合には、本来あなた自身に使うためのエネルギーさえも、病気の人に流れていっているということになります。

つまり、要らないものを受け取っているだけではなく、自分のためのエネルギーさえも与えてしまっているという、ダブルでの疲労困憊しているのです。

これらが疲労困憊の原因でした。いつも疲れている介護士さんも対人援助職の皆さんも、自分が普段何をしているのか分かっていただけたでしょうか。

考えてみると、自覚なくエネルギー的なサポートまでやってのけるって、ある意味すごい能力です。ほんとにそう思います。

しかし、そのすごい能力をこれからはご自分のために使うことを考えてください。

そうすると疲れの質が変わり、仕事への嫌な感情もなくなり、肉体的な良い疲れ方に変わります。そうするとさらに介護士として喜ばれるようになります。なぜなら、最初の方にお伝えしたとおり、家族にも、誰にでも、そしてご自分にも敬意を持って接することがで出来る人はそうはいないからです。そうなれば、あなたが全くネガティブな感情を受け取らなくても、ご利用者さんから真の意味で信頼されることになるでしょう。

なにかのご参考になれば幸いです。

明日は、スピリチュアルな観点から、生まれる前にきめたことをお伝えします。

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言えないことのストレスは大きい

今日は月齢23.7。

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

今日は本音を言えない理由と、そのストレスについてです。

『自分自身を完全に発揮したら、つまり本音で話したら、全てが終わるんじゃないか』

かつての職場では、自分が黙っていることで、この場を乗り切るしかないと思っていた私でしたが、同僚に言わせると、結構好き勝手やっていたように見えていたとのこと・・・・、今日は機嫌が良いか悪いかすぐ分かった、分かりやすかったから・・・などと言われてしまいました。

私としては、自分の言いたいことは言わず、今この場所での模範解答的な言動をしていたつもりでしたし、実際に自分の本音を言ったことはありませんでした。

が、それは相当なストレスだったんですね。

そのために、気分にムラがあったり、肝心なことでミスしてしまったりしていました。

自分の言いたいことを言わないストレスを侮ってはいけなかったんです。

自分の本音を話しても良いと思ったことは、生まれてからほんの数年前までありませんでした。数年前にやっと本当に信頼できるところでだけなら話せるようになったような状態です。

ましてや職場で自分の気持ちを話すなんて、考えられませんでした。

それは、私が極端に怖がりで、『自分の本音を言ってしまったらおしまいだ』とか、『本当の自分自身を生きようとするなんてとてもできない』『そんなことをしたらすべてが台無しになる』そんな風に思っていたからです。

私は生来のエンパス体質により、みんなが何を期待しているかを感じ取ってしまい、その場の模範的な受け答えをしてきました。

時には、模範的ではなく、みんなが期待するダメな自分にさえなってしまっていました。

それは人々の本音を感じ取ってしまうからです。そして人々は、本音は決して言葉にはしません。上辺だけの言葉と真逆の本音。

私はそれをどうして良いのかが分からずにきました。そして、どうにかしなければならないとずっと思ってきました。

ちなみにそれは機能不全家族に生まれた宿命(笑)からそう思ってしまっていたわけです。つまり、生まれた時から、自分が父と母との関係をなんとかしなければと思っていました。そして、両者の本音と建前の間で疲労困憊し、結局うまくいかず敗北感を感じていました。

それでどこに行ってもこの職場の、このグループ全体の関係性をなんとかしなくてはと思っては疲労していたのです。

でも考えてみれば、職場の齟齬があろうがなかろうが私には関係ないというスタンスでも良いわけです。

そのストレスが大きいことを自覚してからは、仕事そのものに集中するようになりました。結局仕事に行ってるんですからね。

この本音と建前の世界。

職場で自分の言いたいことを言うことなど、私には天文学的に理解できないことだったんです。

職場だけではありません。

美容院でも、『もっと後ろ切ってください』と言えるようになった美容師さんはこれまで一人だけ。それまでは、何も言わずまるで満足したかのように振る舞い、家に帰ってきて自分でカットしていました。

服を買いに行っても、店員さんに気を使ってしまうから、ネットで買うほうが冷静に選べるんです。

サービスを受ける側のときでさえ、一体私は何をそんなに恐れているのだろうか?

エンパスであることは、大きな要因です。

目の前の人が本当は何を考えているのかが分かってしまうので、それを言ってしまうのは怖いです。もし本当のことを言ってしまったら、相手は『そんなことあるわけがない』と言って激怒してしまいます。(実際に激怒させてしまったことはあります。)

ですので、みんなが望んでいるこの場の模範解答を言うのはストレスが大きすぎると分かったし、かと言って本音を言うわけにもいかないのは学んだ。

黙っているしかない。この堂々巡りです。

では、そんな私が人に自分の気持ちを話せるようになった克服の過程はこちら、共依存・人に本音を初めて言う、をどうぞ♫

エネルギーで見る共依存と発達

今日は、エネルギーから見ると共依存状態ってどんなふうに見えるののかという観点から、『ちょっと怖い共依存の実態』をお伝えします。

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

共依存をエネルギーで見た時には、言葉にすると洒落にならないことが起こっています。私の実体験も含まれていますので、ぜひお付き合いください。

突然ですが、生霊ってありますよね。

普通は、いがみ合っている人たちがいて、一方がもう一方に激しく嫉妬した場合に、生霊となって取り憑いている。そんな理解ですよね。

ストーカーはこれが当てはまるかもしれません。

異常なまでの興味関心と、憎悪と嫉妬といった感情がベースにあると思います。

そんな異常な心理状態が、親子の共依存にも当てはまります。

親との共依存状態って、親の生霊と常に一緒にいるような場合もあります。

そこら辺のホラー映画かおまけです。

つまり共依存の親子というものは、ただ好きとかそういうレベルではありません。

激しい憎悪や嫉妬、怒りや異常な心配などの混じった感情をお互い意識下に抱えていて、依存しあっているんだと思います。

これまで私も含めて今まで見てきた一例ですが、完全に生霊が肩の後ろにいる二人羽織のような状態もありましたし、本人なのかその親御さんなのか区別がつかない程にエネルギーがひとつになっていることもありましたし、時おり本人ではなく親御さんの生霊が話しているのかと思ったこともありました。

ただ、言葉にするとちょっとおどろおどろしいですが、実は、怖がる必要は全くありません。魂を持った霊が人にとりついていることは珍しくはありませんし、この先親の生霊に取り憑かれていると分かっても、今までと何も変わらないわけですからね。

ただ、自分ももしかしたら親の生霊が・・・と思った方は、読み進めてみてください。

私の場合は、エネルギーの癒着が起こっており、境界線などない状態でしたし、母親と常にエネルギーのコードでつながっていました。その上に父親が背中に乗っかていた、そんな感じでした。

境界線とは人との健全な距離感のことです。

昔からヒーラーさんのセッションを受けるたびに、身体が相当に辛いはずだと言われていましたが、自覚できるまでにはかなりの時間がかかりました。

生まれと時から自分の人生などなく、両親を背負い続けてきてそれが当たり前になっていたからです。

小学校4年の頃には、精神的なバランスを取るために、両親の葬式の場面を思い描くことで(両親が死ぬことを思い描いて)何とか日々の溜飲を下げていましたし、その頃には過食が始まっていました。

小学校5年の時には、先生から注意を受けるほど頑固な一面をもつようになっていました。

10代や20代のときにはそれなりに反抗もしましたが、エネルギー的に一緒にいるということは、24時間絶え間なく親が私の耳元で、言うことを聞け、全部お前が悪い、ただじゃおかない、死んでほしいと言うのを聞かされているようなものです。

たちが悪いことに、それを親は愛情をかけていると信じています。だから手に負えないんです。親の愛情という正義を振りかざしてきます。間違った正義感ほど厄介なものはありません。

反抗したときには、一時は私の言うことを聞いてくれたように思えても、今度はエネルギー的にもっと縛り付けられましたので、いつしか黙って言うことを聞いたほうが被害が少ないと思うようになりました。

母親は、私から好きなだけエネルギーを奪いましたし、私が何を言えば傷ついて泣いてしまうのかをよく知っていました。だからいい大人になってからでも、母親の心ない一言で、ひどく傷つき大泣きしたことも一度や二度ではありませんでした。大泣きの後は決まって私は寝込んでしまいました。

そうやって私からエネルギーを奪って、自分がはつらつとすることは母親にとっては朝飯前のことです。

では、どうして大の大人が、高齢の親の一言で、未だに傷つき、大泣きしてしまうと思いますか?

それは、その部分では、3歳の子供とお母さんの関係のままだからです。3歳児が傷ついて大泣きした時と同じ関係が何十年ってもつづいているからなんです。

どうやったら、効果的に私が傷つくかも、自分の思い通りにできるかもよく分かっていますよね、なにせ相手は赤ちゃんですから。

そして、その乳幼児の子供が発達することを親が望まなかったとしたら、子供は発達することができないまま身体だけ大きくなっていきます。

私にも発達障害な部分があり、それは親が私の発達を望まなかったから、もっと正確に言えば、育てるという概念がそもそもなかったからだと思います。

私は、親との葛藤の中で、なるべく被害が少なく生きていくためには、親が機嫌がいいのが一番だ。だから、彼らが希望することを叶えていこう。そうすれば被害は最小で、何とか日々暮らせる。という生き方を選択していきました。

また、全部お前が悪いんだと罪悪感を植え付けられて、私は、目の前で知らない誰かが転んでも、私がなにか悪かったのではないかと思うようになっていました。

そんな罪悪感のため、自分が好きなことをやることを、本当に親に申し訳ないと思っていたので、自分が好きなことをやったら、その3倍ほどは、自分が失敗するようなことをわざとやって、何とか許してもらおうとしていました。そうしないと、また縛られる、ひどい目に遭うとの恐怖から身体が勝手にそうしてしまっていたんです。これは親が見ている見ていない関わらずそうしていました。

両親にとって、私に感情があることや、やりたいことがあることなど、分かるはずもなく、想像さえしていないと思います。

それはそうですよね。私にも人としての尊厳があると思うなら、人の人生を土足で上がってくるようなことはしないはずです。

父は他界しましたが、未だに、母は私に好き放題を言い放っています。何度もあなたの言葉でいかに私が傷つくかを説明しましたが、やむことはありません。私に人権があると言っても、言葉の意味は分かるけれど、まさかこの私が他の人と同じ人間だとは理解できないし、理解する気もないのだと思います。また始まったくらいにしか思っていないんですね。

この関係を終了させることができるのは、やはり自分だけです。私は、母親との依存関係を解消することに取り組んできましたし、今もその途中です。

母親の言葉で大泣きすることはほどんどなくなりました。

今だに、今の感情って、私のものなんだろうか?それとも母親のなんだろうか?と思うことがあります。

先に書いた、憎悪と嫉妬と怒りや心配などの感情が混じり合ったもの。それは私の母が持っているだけではなく、今や自分の中にもそれがあるのだろうとも思います。

しかし、もともとは母親のもの。だから私がそれに付き合うことはもうないですよね。

この自分の中に親の憎悪や嫉妬、怒りが転移していることに気がつくことがポイントです。これは、自分のほんとうの気持ちなんだろうか?違うんじゃないのかな?と一つづつ自分ではないものを手放していくと、だんだんと親との距離ができていきます。

そうなると、生霊が取り付くことができる部分がなくなっていくんです。

健全な境界線は今からでもつくっていけるんです。

また、誰かが見たら高齢の親に暴言を吐いているように見えるだろうな、親不孝に見えるだろうなと思いながら、いいやそうではない、3歳児が母親に自分の正当な権利を主張しているだけだと思い直しています。

結局私がこれまで自分の好きなことをもう少しのところでやれずに来たのは、母親と父親に、言いたいことが言えなかったからだと思ったからです。

最初はやめてほしいことを言うだけで、体中ががたがた震えることありました。

それでも3歳のままの発達障害の私は、そうやってやっと成長できるのだろうと思っています。

さて、こんな共依存関係の問題を抱えている人は、親や家族以外の人との適切な境界線も築けなかったりします。

そして、私のような相談業の方に意外と境界線の課題を持っている人が多くいます。ですからこんな体質をエンパスとか、ヒーラー体質と言ったりします。

人の気をもらいすぎて気持ち悪くなったり、人が何を考えているのかが分かってしまい本音と建前のギャップに悩んだり、そんな体質のことです。

今日は、生霊から始まって、なんとも生々しくなりましたが、何かあなたとってのヒントになればいいなあと思います。