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キリスト、マグダラのマリア、その子供サラ

こんにちは、Hideko Quan Yinです。 

キリストとマグダラのマリアにはサラという子供がいました。

彼女はのちのテンプル騎士団となった団体で活動していました。テンプル騎士団は、フランスではとても有名な団体でした。教科書には出てきませんが、今も人々の間ではテンプル騎士団のことは語り継がれているほど、親しみがあるようです。

さて、サラの言葉が降りてくることがります。私もサラとは親しい感情をいだいています。魂レベルでの近さです。

彼女はもちろん、アセンデッドマスターの一人です。では、サラの言葉をどうぞ。

宇宙と共鳴する。地球自身とつながる。その間にいるのが私。

 
 

『今日の日をどのように迎えているでしょうか?

とりたてて普通の日のように思っているようですが、今日は特別な宇宙レベルの日なのです。それは、私が生まれた日が、今日5月10日なのです。

私が生まれた日がどうして特別だといえるのでしょうか。しかも、宇宙レベルでの特別さとは?なんでしょう。

誤解を恐れずに話すなら、私は特別の使命を持った人間として生まれました。

それは、父と母の遺伝子を残すことにありました。現在でも私の子孫はこの地上に生きていますが、そのことが重要なわけではありません。

父と母のDNAを次の世界へもたらすことが必要だったのです。

ご存知のように、父はイエス・キリストと言われる人になります。しかし、父は全く普通の人間でした。本当にあなたと同じ人間だったのです。偉大なことを達成した人はとかく全てにおいて素晴らしいのだろうと思われているようですが、私の知る限り父も母も、普通の人間に過ぎなかったと言えると思います。

母がいつも心配性だったこと、父が時にうつのようになっていたことから見ても、私と同じ、あなたと変わりない存在だったというのが真実です。私においてもそれは同じく、私が地上で成し遂げたこととは別に、私自身を振り返ると全く喜怒哀楽の時に激しかった人でした。今のあなたと同じように。それにもまして酷かったかもしれませんね(笑)。

それにもかかわらず、今日の私の生誕の日とは、宇宙にとって特別な日にほかなりません。私の成し遂げたことがあって、今みなさんは生きているからです。これは自慢でも何でもないこと、正確に話していますから。正確さが必要になります。あなたの人生を見たときにもそうです。

今あなたの人生の棚卸しを始める時です。棚卸しとは、あなたの人生に何があったのかを、正確な目で見てほしいのです。あなたがそれを見たのは、遠い昔、子供時代でしょう。子供時代に決めたことが今でもそのままなのはやはり正確さにかけることでしょう。

あなたの最大の出来事を紐解いていって、今現在のあなたの目でそれを見てみましょう。

観察するようにしましょう。

あなたの答えはそこに全てあります。私がそうだったように。そして、みなこの過程を通って進化していくことを知っておいてほしいと思います。今日はあなたとともにあります。

サラ』

2018/05/10にup

マグダラのマリア教会の様子はこちらより

過去世をめぐる旅・パリ、テンプル騎士団、モンサンミッシェル

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

今日は、過去世をめぐる旅として、今年1月のパリへのただの旅の記録です。

サラと縁のある方、いにしえのテンプル騎士団だったみなさま、そうでない方々も、お付き合いください。

コロナ流行の直前で後にはラッキーだったと思いましたが、実際の1月のパリは、史上最大規模のストライキで鉄道地下鉄が全然動いていなかった、という中でした。

3度目のパリは約2週間滞在しました。

パリに行くと、本当に過去世ではここにいたと実感します。

ちなみに、高校時代、成績は中の下だった私ですが、世界史の授業の特にヨーロッパ史についてはもれなく💯点でした。先生の講義を聞いただけで、そうそう分かるわあ〜って感じでした。当時は過去世という言葉はなく知る由もありませんでしたが、実感が湧いてきました。

特に十字軍の遠征でコンスタンティノープルに行くのくだりでは、そうそう!コンスタンティノープルだったなあ〜!と思ったものです。

そしてクライマックスは何と言ってもフランス革命。心臓がドキドキして震えました。のちに、フランス革命時にそこにいたと実感することになりました。

趣のあるステイ先の階段

滞在していたのはオルベカンフという地区で、11区でした。レピュブリック広場(共和こき広場)から歩いて5分ほどの場所でした。

ストライキ中で、レピュブリック広場ではデモや警官隊が出動していたりと、なかなかの物騒さでした。

フランス人親子の家のひと間を借りました。

宿は静かなマンションです。4階は日本の5階にあたります。

そのレピュブリック広場から、歴史の教科書にも載っているバスティーユ広場までが、タンプル大通りという通りです。

また、かつてのテンプル騎士団の本拠地だった跡地は、今はこちらもテンプル騎士団にちなんでそのままタンプル公園という小さな公園になっています。

テンプル騎士団がここにあった頃には国王をしのぐ財力をは持っていました。がテンプル騎士団廃止後は、聖ヨハネ慈善修道会のものとなり、フランス革命から監獄となりました。その後ナポレオンの名によりタンプル塔は解体されたとのことです。(wikiより)

ちなにみ、私はテンプル騎士団のことを思う時には、お金持ちだったことはとてもうなずける感覚として思い出せます。

過去世はそんな体感で分かる、覚えているような性質なんだと思います。

さて、たまたま1月のパリでは、マリー・アントワネット展が開催されていました。しかも、マリーアントワネット最後の数ヶ月の牢獄だったコンシェルジュリーでの開催でした。私までなんだか複雑な気持ちになりました。

マリー・アントワネットは今でもパリの皆さんの心を掴んてはなさないようです。死刑直前の痛々しい様子も絵画で見ることができました。

こちらは池田先生のマリー・アントワネット画は逆輸入され人気でした。

こちらはベルサイユ宮殿、圧巻。

あまりの豪華さに、当時貧しかったパリ住民だったら当然怒るだろうと思います。

サクレ・クール寺院

こちらはサクレ・クール寺院。初めて行きましたが、ここは素晴らしい。

キリストが大きく天井に描かれていました。

サクレ・クール寺院があるのは18区。

いろいろな人種の人々が訪れているのが印象的でした。

アフリカ系の人が熱心にお祈りをされていました。

パリは区によって人も雰囲気もガラッと変わります。

私たち旅行者だけが、いろんな区を行き来しているのだそうです。

ちなみにサクレ・クール寺院のあるモンマルトルは、東京でいうと浅草かな。

デモや暴動が起きるレピュブリック広場は、うーん西新宿といったところか。

凱旋門ジャンぜリゼ通りは、南青山か、銀座、六本木ヒルズといった風情。ブランドショップが立ち並びます。

オノ・ヨーコさんも住んでいる?イメージ通りのパリマダムが行き交う6区は、東京で言えば自由が丘か白金ですかね。

私が好きな庶民的で3区にも隣接し、オルベカンフ、レピュブリック、バスティーユ広場をようする11区は、そうだなあ下北沢あたりかな。

また学業区であるパリ大学のある5区は東京でいうところの文京区と言えますかね。

などと、脳内妄想を広げてみました。

地下鉄オルベカンフ駅

そうだ、前回はパリの中心の小島、サンルイ島のかわいい宿に宿泊したんですが、サンルイ島には日本の有名女優さんが住んでいるとのことでした。

さて、スピリチュアルな旅の様子もここで。モンサンミッシェルへの巡礼の旅です。聖ミカエルからのメッセージがありました。

『あなたが思う世界を開いてください。

あなたの好きなように、あなたの好きな色で、あなたが塗りたいように。

そして、今日それをしてしまいましょう。今までやろうと思ってやらずに過ごしてきたことを。』

さあ、ここでは、修道院での過去世をもつ皆さん笑、そうでない方も、霊気がただよう修道院内。時がゆっくりと過ぎていきます。きっと過去にたどり着いたときにも、そう感じたと思います。そんな場所です。

と、モンサンミッシェルにたどり着くまでに一騒動ありました。

史上最大規模のストのために国鉄で行くことを断念。日帰りツアーは気が進まず。

探していたら、こちらフリックスバスを発見して、乗ってみることにしました。

こちらは、ヨーロッパ各地に路線があり、国境を超えての路線もある高速バスです。へえ〜、こんなのがあるとは!しかも、格安です。確かモンサンミッシェル往復で6000円とかでした。(正確には忘れましたが)

特に乗りごごちがいいわけではないですが、普通の4列バスのシートで、2席を使えました・・・・

が、ベルシーのバス停を朝の7時に出発する予定が、私は6時過ぎにはバス停に着いていたにもかかわらず、モンサンミッシェル行きのバスを探せませんでした。つまり置いていかれてしまったのでした。・・・・

で、インフォメーションが9時に開くとのことで、近くのカフェで朝ごはんを食べ、9時を待ってインフォメーションに行って事情を説明したところ、「モンサンミッシェル行きとは書いてないよ。〇〇行きというバスにのるのよ!」「あなた、明日の朝だったらのせてあげられるけど。明日限定だけど、どうする?」

とのことで、じゃあ明日でお願いします。ということになり、次の日は〇〇行きを見つけられて無事モンサンミッシェルに行ってこれました。

モンサンミッシェルは宿泊もおすすめです。日帰りの観光客が帰った後は、宿泊の人たちだけの貸し切りのような雰囲気になり、夜遅くまで空いている教会もあったりして素敵です。

また、日の出も感動的です。

続いてこちらは、私がパリで一番好きな場所のひとつ。ギャラリービビエンヌです。ギャラリービビエンヌを含めたパサージュめぐりは必見です。

とりあえずパリに着いてすぐに行っておいて、最終日近くでもう一度パサージュ巡りしました。

気持ち的には、かのギャラリービビエンヌに来たわ!と当時最先端だった頃に思いを馳せてみます。

パサージュ巡りは、パサージュジュフロワ、などパサージュが続く通りが本当に楽しいです。

しかし、5年前に行った時にはなかったコンビニ?スーパーがあったり、空き店舗も増えていて、なんとか頑張ってほしいなあと思った次第。その気持もあってか結構買い物もしてしまいました。

こちらは、パリ4区の市庁舎前のメリーゴーランド。

パリの人はメリーゴーランドが好きなんですか?サクレ・クール寺院のところにもありましたね。

確かに美しく、観光者のワタシにはサイコー!だけど・・・・

メリーゴーランドより日本の子供は家でゲームで遊ぶだろーなーって。

また、ウーバーがパリで始まった時に、タクシーの運転手たちがデモを行いウーバーの車を壊してしまったとか、日本人はそんな熱量ないな、って思ったり。

文化の違いを感じます。

また、その頃日産のゴーンさんの話題で日本はもちきりでしたが、フランスでも国外脱出は報道されているとのことでした。

マックでコーヒをお願いしたら、こちらが。しゃれおつすぎですね。

こちらは、ルーブル美術館のカルーゼル凱旋門です。奥に見えるのは、コンコルド広場のオリベスク、そしてその奥が本当の凱旋門。ここから一直線です。

今回の旅のベストショットはこちらです。

毎回旅のベストショットはなんだか神がかってる感じで撮れてしまいます。こちらの写真も、あまりの美しさに私が写真を撮りだしたら、橋を歩いていた人みんなも撮りだしました。それほど美しい夕暮れでした。これがホントのマジックアワーだったと思います。

というわけで過去世をめぐる旅パリでした。

人との違いに感謝する・ドルイド

こんにちは★今日は月齢が1.4のまだ新月のエネルギーが満ちてる最中です。

今日私の上にはいにしえのドルイドの過去世が降り注いでいます。というか横たわっています。

過去世でドルイドに属していた人々は今生も一緒に転生していることが多いと思いますが、そんなみなさまに今日はドルイドの過去世を癒やすためのメッセージとなるようです。

『広い意味でのドルイドとは宗派を問わず属性も問うことなく、誰もが共同体の一員であるという認識のもとに私達は生活していました。

しかし、一部の今古代ドルイドとしてメディアなどに取り上げられている生贄の習慣や厳しい戒律を持っていたドルイド僧といった人たちが存在していました。それは、もちろん真心からそういった方向に走ったのですが、今現在だとしてもまた、当時であっても、それは受け入れがたい戒律を伴うものでした。

人を神様に差し出すことなど神が望んでいるわけがないということは、現代人であれば共通の理解が可能だと思います。

しかし、生まれたときからドルイドの家系に生まれた人たちからすると、善意という真心は、次第にこう在るべきであるだとか、何としてでも私たちが人類を救わなければならないといった、信じる心とは全く逆の考えに侵食されていきました。

本来信仰心とは、自分という存在を、それを超えた大いなる存在(これを私達プレアデス流にはハイアーセルフといいます)に明け渡すことが大前提です。どの程度それができるのかは問われません。あなたの学びの程度にそれがされたときに、祈りは叶うわけです。

大いなるものに自分を明け渡すことが困難であったも(それはときに犠牲を払うように感じたとしても・本来はそうではないのですが)、私達が今取ることのできる自分のあり方があります。

それは、『人との違いに感謝する』ということです。もっと言えば、人と分かり合えないことに感謝することになります。

分かり合えない人を私たちは(私も含めて)忌み嫌います。時に、分かってくれないと言って責めたり、罵ったり、殺人の原因(本当に殺す以外でも)となることさえあります。

私自身も、どうして分かってくれないのだろう・・・・、分かってくれさえすれば、全てが解決するのに・・・・・と、思い続けてきました。しかし、そう思えば思うほど、物事は進みません。掘る必要のない場所をずっと堀り続けているようなものです。そこからは美しい湧き水が出ることもないのに。

あきらめが肝心という言葉もありますが、いつなんどきにこのあきらめがやってくるのか・・・・私にはみなさんのその時は分かりませんが・・・・分かって欲しいと思うことをあきらめ、やめた時、そこに在るのは、あなた自身への敬意と尊敬、信頼、自分への愛などでしょう。

ドルイドの時代に人によっては激しく自分を律してきたのかもしれません。

しかし、その時代はもう終わりました。もう自由になってもだれもあなたを責めたりしません。

究極的に戒律を守ってきた私たちが、それを守らない人たちを受け入れるのは至難の業でしょう。しかも、それを守らなかった人々は、当時もそしていま現在でも、のうのうと暮らしているんです(そのように見えてしまいます)。

しかし、あなたの目の前のどうしても分かり合えないと感じる人を許した時、古代の痛みは消えてなくなり、そしてまた、今現在のあなたの魂が癒やされ統合されるんです。

今日はぜひ、この分かってもらいたいという地球人すべての痛みの原型を手放し、分かり合えないことに感謝してください。それは、実際に喜ばしいことなんです。あなたのできる限りにおいて。きっとできます。

新月のエネルギーとともに。』

・・・・では、ドルイドの精霊たちとともにプレアデスの癒やしの使者のメッセージをHidekoの体験もまじえてお伝えしました。良い一日を★

過去世を体験すると、こうなります

こんにちは、ヒーラーのHideko Quan Yinです。

今日は、過去世に興味がある、過去世を見てみたいと言う方へ★

 

過去世セッションを通して何が変わるのか?

結論から言いますと、過去世を見ることで、自分の魂が転生を続けている実感が感じられ、本来の自分の生き方へ変容できるということです。

 

人には、通常数千回の過去世があると言われます。その中でも最も今に影響を与えているいくつかの過去世があるのです。

それを癒やすと・・・

★自分の今の課題をそのまま過去世で行っていたことに気がつく

★周りの人が過去世にもいて、あれって感じだった。友達が過去世では夫だったとは、でもこれまでのことを考えると何だか納得できた。

★冷え性でずっと足が冷たい人とこれまできたが、過去世で体を傷つけられた出来事が原因だった。

★何度もチャレンジする人生を繰り返していることがわかりました。今度は成功できると言われ自然に涙がでていました。

などなど、何となくの過去世というより、個々の人生の感情や様子を感じ、またそれが今に繋がっていることを実感するという感じです。

また、そこで出会う人、体験は、今生のあなたの才能や使命に関わることばかりなんです。

 

過去世ヒーリングはこちらより

 

チベットの過去世で必死に修行

ここでは、過去世ってどんな感じなのかをご紹介します。

チベットで、必死に修行していた、その昔。という過去世です。

私の題材で失礼します。

修行系の方っていますよね。人生は修行だ〜!みたいな。

私も数年前まではそうでした。

それこそ、仏陀の苦行時代をまねしてたかのように。

いつの間にか、修行系の私はどこかへ行ってしまい、のんびり系になっていましたが・・・・・

〜ひとつの過去世はこんな感じ〜

チベットでは、私は男性の修行僧です。かなり必死で悟りにいたろうと頑張っています。

そこには大勢の修行僧たちが一緒に修行しています。その中のひとりの男性の僧から相当に激しい攻撃を受けています。

修行をしているということから分かるように、サイキックな攻撃です。それが、だんだんと呪術的な様相を帯びていき、最初は問題にもしていなかったのですが、身体がダメージを受けてきています。

次の場面では、横になって苦しんでいます。もう生きてはいけないようです。なにかを言っています。

殺されたようなものだと当時の私が言っています。

その相手に死ぬ間際に、攻撃をしています。それが致命傷となってお互いがこの時に死んだようです。

という過去世が見えていました。

この過去世と今現在との共通点がありました。

それは、「お互いを傷つけあってしまう」という影響でした。

今まで何度かあったのですが、ある特定の人物との間で、お互いに止められない摩擦となってしまうことがありました。

それらが、このチベットの過去世からのエネルギーが影響していたのでした。

という感じですね。

どうしてかはわからないが、同じことを繰り返していると感じる時は、過去世から持ち越している魂の学びということがあります。

過去世ヒーリングはスピリチュアルリーディングの中で行います。
セッションでは、ポジティブな過去世から今に必要な能力や才能を取り戻していくこともできます。

マグダラのマリア・マドレーヌ寺院

こんにちは、Hidekoです。

今日は、パリのマドレーヌ寺院を訪れた時の話です。

マドレーヌとはマグダラのマリアのことです♪

教会のそばの駅はなんとマドレーヌ駅です。

マドレーヌ寺院は、ギリシャの神殿のような外観が目を引きますが、フランス革命前のパリの都市計画の一環としての外観なようです(wikiより)

外観はこんな感じ

近くにはオペラ座があったり、ラファイエットなどデパートも近く、日本人はここオペラ地区に宿泊することが多いようですね〜★

そんな場所です。

サイトによると、この教会を知りうるいちばん最初は、12世紀。

おそらくゴシック様式の教会が建てられていたとのことです。

そして、1492年に、シャルル8世が、初期の教会に聖マグダラのマリアに捧げられた同胞団を設置しました。

ここから、この教会の再建は常に国によって行われてきたということみたいですね〜♬

中に入ると、中央にはこのようなマリアがいらっしゃいます。

ここまで来た時に、マグダラのマリアの霊験を感じることができました。しかも、はっきりとです。

それは、母親の胎内にいるような感覚、安心感でした。そして、この旅の目的は、ここに来ることだったと分かりました。

そして、とても個人的な嬉しいメッセージもいただきました♬

中の様子はこちら〜

椅子に座ってしばらくのんびりしました。ここは、観光客がおおいものの、みなさん静かに見学されていました。

寺院の外には聖人たちの像が並んでいます。

彼ら天使やマスターたちは、本当にこうやって寺院を守護しているのだと感じました。

聖ラファエル
聖ガブリエル

世界でマグダラのマリアに捧げられた教会は、こことエルサレムなど数か所にあります。他にも、マグダラのマリアが祀られていたり、ゆかりの場所もあります。

ただ嬉しいことに、今この風の時代においては、そういった場所を訪れなくても、マグダラのマリアと繋がることが簡単にできるとマリアは話してくれました。

ぜひ、マグダラのマリアとのご縁を感じていたり、何か導く言葉がほしいと思った方は、繋がってくださいね。

あなたがどこにいても、マリアはすぐにやってきてくれます♬

セッションで、マグダラのマリアからのメッセージを受け取ってエネルギーヒーリングされたい方、この惑星での使命や魂の目的が知りたい方は、こちらスピリチュアルリーディング