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ミカエル・一瞬で自分を取り戻す

目の前の出来事は神様からの贈り物。こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

今日はミカエルの言葉をお伝えします。

『漂う不快感、絶望感、焦燥といった本来自分のものではない感情に気がついてください

あなた本来の中心線に戻るやり方を、それも一秒で戻るやり方を見つけましょう。

人によっては、ハワイの常夏の空気を思い出すことだったり、愛猫に触れることだったり、森林の中で深呼吸することだったり、あなたのいちばん速い方法を見つけてください。

あなたの内側にそれはちゃんとあります。

そして、もう誰もあなたを傷つけることがないようにしましょう。

誰も加害者にはさせないでください。

それは霊的に高い波動の者が取るべき責任でもあります。ミカエル 』

目の前の出来事は神様からの贈り物

目の前の出来事は神様からの贈り物、ヒーラーのHidekoです。

今日はミカエルとともに、あなたのために世界は動いているという話です。

後半は、イシスとオシリスの無原罪懐胎物語をお伝えします。

目の前の出来事が、一見して良くないこと、辛いこと、時に悲惨だと思うような状況であっても、それはあなたの願望が作り出しているという事実を知ってください。

とミカエルは話しています。

こんな辛いことを、自分が願うはずはない!と思うかも知れませんが、それは実際に自分の潜在意識がつくり出しています。そういう性質のものなんです。

そしてその潜在意識には、過去世までも含まれています。そうなると、少しややこしくなります。

例えば、過去世で絞め殺されていた場合には(珍しくありません笑、みんな何度も殺されて、殺してもいますから^^;)、そのさいごの瞬間に、首を絞められて、未来の自分に向けて強いメッセージを発信していたりします。「生まれ変わっても二度と誰かを信用しないぞ!!」などと笑。

そして、記憶にもない過去世の影響を受けていたりします。

そんなもん知らんわ!

と言いたくなるところです。しかし、それも自分の潜在意識の一部なんですね。

そして、もう一つ大切なことは、目の前の出来事が、とっても悲惨に見えたとしても、本当に悲惨かはまだ分からないということです。

どういうことでしょう?

ここで私の例を紹介させてください。私は元介護士です。

はじめて介護士の仕事に就いて一年ほど経った時、新しい経営者がやってきて、今で言うパワハラ、モラハラ甚だしい扱いを受けました。中には解雇までに至ってしまった同僚もいた程でした。いつどうなるかという不安の中でみんな仕事をする日々。私は表面上は平気にしていましたが、内面では見捨てられ不安が顕在化してきて、実際には本当に怯えていました。その経営者が通るだけで震えていたと思います。

さて、こんな職場で怯えていた私でしたが、一方でこの時、はじめて仕事の面白さに気がついた時期でもありました。人って不思議です。

大まかに言うと、この人って何でこの薬をこんなにたくさん飲んでるんだろう?何でこの人って認知症になったんだろう?という一人ひとりへの興味を探求することが面白くて仕方ない時期だったんです。

そして、そういった探究心を持つきっかけが、あのパワハラ経営者でした。

福祉分野の素人だったその人が持っていた、従来の介護業界への不信感には、私も共感できる部分があったんですね。だから解雇して良いわけではないのですが、長く同じ世界にいる時には、視野が狭くなっている可能性がいつもあるという強烈な教訓になっています。

私には当時、見捨てられ不安に震えながら、これまでにない新しい視点で人を理解するという2つのことが同時に起こっていたわけです。

つまりこの場合、見捨てられるかも知れないという潜在意識の不安の通りに、自分で現実をつくっていたことになります。それは辛いものでしたが、もし視点を変えることができれば、まったく違う素晴らしい体験をしていることに気がつくのです。

また退職に至った同僚も、スピリチュアルな法則・宇宙の法則では、彼女の中でそうする必要があったということになります。自覚がなくても、腹の中では望んでいたということですね。

例えば、酷い振られ方をして、かつての恋人を見返そうと、仕事も趣味も頑張って成果を出せるようになった。気がついたら、元カレより数倍素敵な彼氏ができていた。

・・・・こんな場合にも、かつての酷い彼氏のおかげで今の自分があるとも言えるわけです。

一見して最悪なことでも、本当に最悪なのかは分からないということです。

そして、現実はあなたの思い通りになっている。そして必ずそれは神様からの贈り物です。

神様が、あなたに悪い贈り物をすると思いますか?

神様なら、最高のプレゼントをくれるはずです。

目の前の贈り物がどんなに大変で苦しいものに見えても、それには本当の意味があって、発見されるのを待っているんです♬

今日もここまでは、ミカエルとともにお贈りしました。

さて、後半は、木曜エジプトに行きたい!です。

前回に続いて、今日はイシスとオシリスの本当の物語を。

『古代エジプト神話と、無原罪懐胎』です。

何だかすごい話な気がしますね。

では、物語のはじまりはじまり〜

オシリスとセトは兄弟、イシスとネフティスは姉妹でした。

オシリスはイシスと結ばれセトとネフティスが結ばれました。

ある時セトはオシリスを殺害し、その遺骸を木棺に入れてナイル川(実際はアトランティスにあった川)に流してしまいます。

イシスとネフティスはオシリスの亡骸を求めて世界中を探しました。

二人はようやくオシリスの遺体を見つけ、持ち帰ります。 ところが、それを見つけたセトはオシリスの体を14の部分に切り刻み、二度と戻らないようにするために世界中にばらまいてしまったのです。

イシスとネフティスは今度はオシリスの断片を探して歩きそのうち13の断片を発見できました。 

残る14番目の断片はオシリスの男根でした。

ピラミッドの壁に描かれた物語によれば、男根以外の13の断片は元通りに復元されたとのことです。そしてトートが魔法を使うと男根が生きて現れ、その創造のエネルギーがオシリスの全身を駆け巡りました。またイシスが鷹に姿を変えて空を飛んだ後、再び地上へ舞い戻り夫のペニスを自分の翼で覆うことで受胎し飛び去ったと伝えられています。

そしてイシスは鷹の頭を持つ子供ホルスをみごもりました。これは実際にホルスの頭が鷹だったわけではなくホルスを表すヒエログリフが鷹の形をしていたからです。

ホルスは父オシリスを殺したセトに復讐をしました。・・・・という物語です。

トートはここに表現されているのは無原罪懐胎いわゆる処女降臨だと言います。

ただし別に処女である必要はないためトートは無原罪懐胎と呼んでいます。トートはホルスの誕生が次元を超越したものだったと説明しています。

イシスは、オシリスのもとへ時空を超えて飛翔しておりそこに物理的な交合はなかったのです。(フラワーオブライフより抜粋)

これが正確なイシスとオシリスの物語です。その内容とは、無原罪懐胎についての物語だったんですね。

来週に続く・・・・・・

体験談★続けられない人

決めたことが続けられない。最後までやる前にやめてしまう。

そういったことってあると思いますが、私にもこれまでよくありました。こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

と言いますか、誰よりも私が続かない人でした。それは自分でも情けなるくらいに、決めたことが最後まで実行できなかったんです。

今日はその原因についての気づきです。

まず、続かなかった原因として、自分がやりたいと思ったことが、実は本当の願いではなかったという場合もあります。

ここではそうではなく、魂レベルでの願いだったとして、それでもやり続けることができない、途中でやめてしまう、そんな場合についてです。いったいそんなときには何が起こっているのでしょうか。

私はただのダメな怠け者なんでしょうか?

やると決めた時、願った時には、本当に心からやりたいと思っています。しかも、私なら絶対にできる!とさえ本気で思えているんです。

しかし、次の日になったり、しばらくしてくるとだんだんと、いや・・・そんなことできる訳ないとか、続けるのがなんだかめんどくさいなあとか、さらにはもともとそんなにやりたくなかったとまで思い始めてきます。決めたときの勢いでしばらくは続けてみるものの、結局やめてしまう・・・・。

こんなときの、できる訳がないとか、めんどうだとか、もともとそんなにやりたくなかったって、どうしてそんなこと思い始めるのでしょう。これって誰の気持ちだと思いますか?本当に私が、そしてあなたがそう思ったのでしょうか?

それらは、両親や育ててくれた家族があなたに言い聞かせていたことが原因かもしれません。

例えば、両親が、子供時代に言ったこと、やったことが自分たちの価値観とは相容れず否定したことがあったかもしれませんし、うまくいかなかったときに、ほらごらんなさいと言われてしまったかもしれません。こんなことはよくありますよね。

自分の進路を親に決められてしまうのもその一例です。

また、子供らしい失敗をした時や、うまくいかなかったときに、本来は愛情で包んでくれるはずの親から、私の言うことを聞かなかったから失敗したんだと責められたかもしれません。

子供らしい天真爛漫さで取った行動は、何十年か世の中を生きてきた大人には忘れてしまって理解ができなかったりします。

また私たちサバイバーにはよくある光景ですが、親より子供のほうが魂の年齢が古い場合には、親は自分たちの価値観を脅かされるような感じがして、特別に否定的な言葉や態度を子供にとってしまうこともあります。

いくら魂の年齢が古いと言っても子供は子供です。

親たちのそういった態度や言葉は子供には受け入れがたく、傷ついた経験となってしまいます。

それが、成長の過程で何度も同じことを繰り返すうちに、いつしか受け入れてしまっていた。

また、親の否定があまりに辛かった場合(虐待や遺棄放置など)は、二度と傷つきたくないからと、自分の真実を曲げさっさと言うことを聞いてしまったほうが楽だと思ったかもしれません。それはとにかく今日、今が楽ならいいと思っても不思議はありません。

それで今では足を引っ張ってきた両親と同じことを、自分で自分にするようになっている。これがいちばん自分で驚くことですが、あんなに嫌だと思っていた父や母と同じことを、自分や人にやってしまっていた時の驚きと言ったらありません。

これらは一例ですが、あげてみるとこんな感じでしょうか。

このような自分の真実ではない生き方を選択せざるを得なかったような体験は、魂レベルで深いキズとなってしまいます。

そして、自分で本当にやりたいことをしようとすると、どうしても傷が思いおこされてしまい、二度とあんな思いはしたくないと何かしらの理由を見つけてやらないという選択をしてしまうんです。それで、怠けてみたり、本当にはやりたいくはなかったなどと思い始めるんです

そしてまた、真実ではないと分かっていても、日々否定的なことをされたり言われ続けると、洗脳されたかのように、親の言うことを聞いてしまうということもあります。

しかし、これまでがどんなであってももちろん真実の生き方へ戻ることは可能です。

最初には、自分のしていることに気が付き始めます。あれ、これって前にも同じことしていたなあ・・・といった感じにです。

次の段階としては、ハートや上位のチャクラでは理解していても、下半身のチャクラがまだ自動操縦が続いている。言い換えると頭では分かっていても、行動がどうしても変えられない、そんな段階です。

私はずっとこの段階を行ったり来たりしていました。頭では分かっているのに・・・の段階。つまり5%の顕在意識だけが理解していて、残り95%以上の潜在意識が納得していない癒やされていない状態が結構長く続きました。

自分には何かまだ大きな癒やされていない領域があることだけは分かっていましたが、正直そこに触れるのは怖いと思っていました。

ここでは続かない理由についてお伝えしましたが、こうやって客観視できたことで進んでいける段階もあるように思います。

何かあなたのヒントになるといいですね♫

アトランティスの光と影

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

日々波動が高まるこの世界において、みなさん、なんとも言われぬ苦痛、心と身体の不調や痛みを感じている人が、最近多いように感じます。

私もその一人ですが、最近少しわかったことがあり、何かのヒントになればと思い書いていおります。

アトランティスの時、私たちは、縦横無尽に分析を尽くしました。

すべての事象、対象物を、徹底的に細分化した、と言えると思います。

人も、動植物もそれに含まれていました。

(そして、アトランティスの実験の中にはここでは書けないような内容もたくさんありました。)

自分とは何か?

その答えがそれによって見つかると思ったのです。

人の心とはもちろん、そんなことでは推し量れません。

しかし、アトランティスの人々は、いえ、私たちがアトランティスで行ったのは、そうしたことでした。

それによってわかったことがありました。

それは、人には魂が必ず存在していること、魂と心があること

魂と心は一緒にあるもので、感情と思考がそれを教えてくれること・・・・

そして私たちは、肉体というこの世界を生きるための乗り物に乗っていること、

心と魂のことは、身体がいちばんわかっているのかもしれません。

さて、アトランティスで私達が学んだ素晴らしい成果の一方で、負の遺産とでも言うべき分析的思考を私たちは身につけてしまったようです。

いつまでたっても自分の価値観が上がらない

自己価値が感じられない

何度ヒーリングしても、結局価値のない自分が現れる

こんな人は、私の周りにも少なからずいますし、私自身もそうです。

それは、育った環境に寄るところが大きいのはそうなのですが、ここでは、アトランティスの分析的思考の影響であるという一面を紹介したいと思います。

私たちは、アトランティスで、被験者も試験管もどちらも経験したことがあるかもしれません。

そのことがDNAレベルで自分たちを変えてしまったことは気が付かれてはいないのかもしれませんが、全体性を失わせて、二元性を強めたことは確かだと思います。

ワンネスから遠ざかってしまったんです。目的とはうらはらに。

魂レベルでもDNAレベルにおいても、分析的傾向、つまりは、全体性への批判的論考は、そのまま私達の自己批判となって今に受け継がれている、そう言えるのだと思います。

それが、私達がエネルギー的に、そして肉体的に、辛さやときに体調不良や辛さになって今現れている、そう思うのです。

少し前にこんなことがありました。

日常であまりに多くのことが一度に起こってしまい、しかも、その一つひとつのことが、いいこともあれば良くないこともある。

起こった一つの出来事が、良かった、悪かった、の一言では表すことができない。

いいことも良くないことも含まれていて、以前のように、辛いことが起こったから泣いて解消する・・ことができずに、一方では泣きたい、しかし他方ではいくつかの違う感情が生まれて、どうしたいいかわからずに、結局私は、そのときの自分がただ辛くて仕方なかった。

そんな体験をしたんです。

その数日後、アトランティスのことを思い出して、

アトランティスの目的が愛だったとして、しかし、目的のために傷ついてしまった、とても大きな傷を抱えることになった。今現在に至るまでの。

結局分析的な態度では愛を得ることはなかったのだろうと思います。

いくら細部に分けてみても、論証はできるが、全体もわからず、愛もそこにはない。

私の中に、アトランティスの末裔の血がはっきり流れるのが分かるんです。なぜなら、私自身が細部に拘りすぎるから笑。

そして、そこで起こったことがどうだったにせよ、アトランティスは私自身であり、私の一部なんです。

さて、アトランティスに愛がなかったのか?

いいえ、そうではないんです。

分析的なことが痛みを産んだと言いましたが、

ただ細分化するだけならそこに痛みはないはずですよね。

もし、アトランティスの叡智の視点で話すならこう言います。

私たちは、事象を感情的に思考的に捉えがちですよね。特に大変なときは。

しかし、アトランティスの視点をもって、さらに一歩進み、起こったことをありのままに眺めるようにしてみる。

分析をしてしまい、感情的になっても、その後で、それらも含めた大枠の愛情という視点で眺めてみる。

もしくは、良いも悪いも手放した中道という視点で。

客観的に眺めてみる。

つまり、究極的に分析的な思考と、ありのままの全体的な眺め、そして、アトランティス的方法への愛情を持って、見つめてみる。

そこから見つめる世界は、私たちを混沌の中から解き放ってくれるように思います。

アトランティスの負の遺産はアトランティスが産んだ愛を理解して変容させる!

そう言えるのだと思います。

感謝万能説・感謝は神との直通LINE?

 こんにちは、
Hideko Quan Yinです。
先日の神聖幾何学講座より、がぜん感謝モードになっています。
参加された皆様においては、それぞれに最善の事が起こっていましたが、全体を通してのテーマの一つが感謝でした。
これまでにも、感謝できないでいる自分は分かっていましたので、私においても感謝とは何かを体得するタイミングだったようです。
講座の翌日、とあるイベントで、みんなが私に優しくなっていることに気がついたり(優しくされることに慣れていない自分がいたのですが)、何かが行われる際に、私が縁の下で辛い思いをしなくてもいいことが分かったりと、気づきが起こっていて、早速の感謝効果が。
それにつづいて起こったことは、恥ずかしいと思っていた自分の過去と向きあったことでした。
起きた出来事そのものよりも、恥ずかしいと言われたことが本当に辛かったんですが、それは、言った人がそうだったというだけのこと。
私が恥ずかしいのではなかった。
そして、恥という概念は、感謝や愛の波動には存在できないこと。
どちらを選ぶかを決めるのは私だということ。
そんな変容を体験しました。
元来私って不平不満の人なんじゃないかと思っていたこともありましたが(今でもありますが)、講座からは、何と!不平不満を思った自分にも感謝してしまっています。
一つ行動、一つ感謝。
ふざけんなよ!と言った、思った自分には、そう思ってくれてありがとう!とつぶやいてみてる。
そうすると身体がびっくりするのが面白い発見。
神聖幾何学講座では、神の創造を体験していきます。
神の創造とは、ディバインであり、聖なる流れ、グレース。
それを、この次元の言葉であらわすと、感謝になるかな。
感謝ですべてがまかなえるわけではないと思うけれど、
感謝はすべての潤滑油であり、もしかしたら、神と一番近いのかも。
そんな風に思えています。
みなさんも、感謝の波動で、まさに創世記のごとく神とともにあってくださいね。