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傷つきやすさは克服できる

こんにちは、Hideko Quan Yinです。

今日はこのテーマです。『傷つきやすさは克服できる』

少し前から、ガイドのキリストからもたらされていた言葉が、この「傷つきやすさは克服できる。」でした。

いつものことながら、文章の意味はわかるけれど、全く実感がともなわないなあと思い、放ったらかしにしていました。

今日の午後、自宅で一人ゆっくりする時間がありました。

最近では、私はインターネットを使わない生活をするようになりました。

ガイドたちからそれを促されていましたが、本当に実践できるようになるには一年はかかりました。

それだけ、知らないうちに依存していたことになります。

今日は昨日から丸一日スマホも使わずに過ごしました。

それは、私の罪悪感と、魂の傷についてのレッスンの時間となりました。

本当に信頼してた人から、傷つけられ続けてきたことを思い出すレッスンでした。

私の罪悪感とは底なし沼のようなもので、どこからわかないけれどわき上がってくる。そんな類のものでした。

しかし、それを利用してくる人がいて、私はそのことに気が付かず、おそらく相手も気が付かずにそうしていたでしょう。私の魂はズタズタになっていました。

今日の午後に一人でゆっくりと過ごしたところ、これまでの痛みが噴出し、私はいやおうなくその課題に取り組んだというのが正直なところです。

それは、罪悪感でした。つまり、どんなことが起こっても自分が悪いと思ってしまうんです。

そして、私に罪悪感を植え付けて、何が起こっても私が悪いと思わせることに長けた人が、私に近づいてきていたことがようやくわかったのでした。

そして、その大元と言えば、母親になるわけですが、四六時中、24時間にわたって絶え間なく、

お前が悪い、

お前を産まなければならなかったのは苦痛だった、

お前のせいで私はずっと死ぬほど苦しんだんだ

お前は苦しみの元凶だ

と思われ続けていたのでした。母親の胎内では、何を思っているのかを自分のことにように体験しています。

しかも、それが今なお続いていて、まるで耳元でお前が悪いと言われ続けているような感じでした。

それが、私が何が起こっても私が悪いと思い込んでしまい、また、私の罪悪感につけこんで、利用する人を引き寄せてしまっていたのでした。

私は、今、母親への愛情の欲求を手放すようにガイドから言われています。

なぜなら、母親への欲求を持ち続けるなら、また同じことを繰り返してしうからです。

私もそれが必要だと思います。

もう、自分の魂をズタズタにするようなことはしたくありません。

もし、「傷つきやすさは克服できる。」が当てはまるとすれば、自分を大切にして、傷つくような状況には近寄らないと決めることなのかもしれません。

これまでのように、傷ついてしまう状況をなんとかしようとするのではなく。

感謝万能説・感謝は神との直通LINE?

 こんにちは、
Hideko Quan Yinです。
先日の神聖幾何学講座より、がぜん感謝モードになっています。
参加された皆様においては、それぞれに最善の事が起こっていましたが、全体を通してのテーマの一つが感謝でした。
これまでにも、感謝できないでいる自分は分かっていましたので、私においても感謝とは何かを体得するタイミングだったようです。
講座の翌日、とあるイベントで、みんなが私に優しくなっていることに気がついたり(優しくされることに慣れていない自分がいたのですが)、何かが行われる際に、私が縁の下で辛い思いをしなくてもいいことが分かったりと、気づきが起こっていて、早速の感謝効果が。
それにつづいて起こったことは、恥ずかしいと思っていた自分の過去と向きあったことでした。
起きた出来事そのものよりも、恥ずかしいと言われたことが本当に辛かったんですが、それは、言った人がそうだったというだけのこと。
私が恥ずかしいのではなかった。
そして、恥という概念は、感謝や愛の波動には存在できないこと。
どちらを選ぶかを決めるのは私だということ。
そんな変容を体験しました。
元来私って不平不満の人なんじゃないかと思っていたこともありましたが(今でもありますが)、講座からは、何と!不平不満を思った自分にも感謝してしまっています。
一つ行動、一つ感謝。
ふざけんなよ!と言った、思った自分には、そう思ってくれてありがとう!とつぶやいてみてる。
そうすると身体がびっくりするのが面白い発見。
神聖幾何学講座では、神の創造を体験していきます。
神の創造とは、ディバインであり、聖なる流れ、グレース。
それを、この次元の言葉であらわすと、感謝になるかな。
感謝ですべてがまかなえるわけではないと思うけれど、
感謝はすべての潤滑油であり、もしかしたら、神と一番近いのかも。
そんな風に思えています。
みなさんも、感謝の波動で、まさに創世記のごとく神とともにあってくださいね。