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こんにちは、Sarahと申します。ヒーラーをしています。

sarahという名前にしたのは最近で、もともとは本名でセッションしていました♫

2014年頃に友人がフランスのお土産で奇跡のメダイをくれたことがありました。

フランス旅行の話やキリストとマグダラのマリアの話をしていた時に、初めてサラの意識が私に降りてきたのでした。

その時のサラの教えは「すごい人になりたいんじゃない、優しい人になりたい。」というものでした。

涙が溢れて、心からそうしたいと思いました。

友達は私の異変に気がついて、「もしかして昔サラだったの?」と聞かれました。

私は「サラだった。」と答えていました。

サラは、マグダラのマリアとキリストの子供です。

ヒーラーになるきっかけとなった出来事をここではまとめてあります。

以前に書いた長文で、多少恥ずかしいですが笑、そのままにしています。よかったらお付き合いください。

機能不全家族に生まれる。いわゆる毒親育ちです。

高校生の頃には摂食障害(過食)となる。無理なダイエットと過食を繰り返しました。既に白黒思考でした。

過食の最初の記憶は、小学5年の時でした。

しかし、小、中、高校と学校で友達と遊んでいるときは楽しい時間でした。面白いことを言ってみんなを笑わせたりしていました。

進学とともにひとり暮らしを始めて、卒業とともに社会人となり何とかやっていました。とても立派にやっていとは言えません。仕事もアルバイトです。しかしとにかく自立してやっていました。

が、25歳の時に、両親に、実家に戻らなければ自分たちは死ぬと言われ、戻ることになりました。脅されたっていう感じで、ここらへんが毒親らしいですね。

それで実家に戻りメンタルが壊れて、20代でひきこもり2年間を経験します。その後30代ではうつで通院服薬を3年間経験することになります。

そのひきこもり中も、働かない私を父が私を毎日罵倒し続けたあげく、ようやく様子が変だと気がつくようなありさまでした。

一方では、ひきこもり中にいろいろな本を読んでいます。最初は哲学書などに興味が出ました。カントは印象深かったです。高坂正堯先生の本がいちばん良かったです。普通の小説も、三島や坂口安吾やヘッセ、村上春樹など一通り読んだりしていました。

ひきこもりと言えども、文字を読んで理解できるということで、うつではなかったのでした。

心理学の本もたくさん読んでおり、私はこの本に書かれている境界性パーソナリティ障害なのだろうと思い至ります。いわゆる人格障害です。

後で人格障害ではなかったと分かったのですが笑。ただ、粗雑で乱暴な一面を抱えていたのは確かでした。

しかし、人格障害ってたいそうなネーミングですね笑。

同時に、認知行動療法を知ることになります。アマゾンで本を買っての自己流ではありましたが、出来事の認知に問題があるという自覚にも至りました。

これは、スピリチュアルに入る以前の中で、最初の大きな気づきでした。

・・・・例えば、職場で同僚たちがこちらを見ながら話している=自分の悪口を言っている、と思ってしまうような認知の歪みがあったんです。

これは最近、3年ほど前ですが、玄関先に止めておいた自転車のカバーが無くなっていたのに気がついた瞬間、あ、盗まれた!って思ったんです。無くなった!ではなくて盗まれた!と思う自分って・・・・ちょっと認知が歪んでるのかな?

我ながら笑けてきました。

そんな私も、30歳近くになり、一念発起して介護士として社会福祉法人で働き出しました。当時、田舎では普通に働いていない人などいないようなものでしたし(本当はひきこもりが社会現象になってましたから、本当はいたんでしょうけど)、自分でもこの歳で正社員歴もろくにないってやばいかも・・・・と思ったのでした。

適当な履歴書を書いて持っていきました。きっと脚色したことはバレていたと思いますが、何も言わず雇ってくれました。

感謝ですね。

この時は親がことさらにびっくりしていたことに何でそんな驚くのかなと不思議に思いました。その理由は後々わかります。

施設での仕事は人間関係を含めて本当に辛く、仕事に行きたくない日々でした。それでも3年は続けようと決めていたので、何とか続けていました。根性だけで痛々しいですが、頑張りました。

その一方で、仕事っていうものの面白さ、対人援助の面白さも同時に体験していました。対人援助の面白みとは、十全的に人を理解することです。

そして3年が経った頃、仕事の疲れがピークになり、ヨガをはじめたことが、スピリチュアルへの扉が開いた瞬間でした。

同僚が、私ヨガやってるんだ〜!すごく良いよって、教えてくれたんです。これにも感謝ですね。

またまたアマゾンで良さげなDVDを買って、自宅ヨガをはじめました。

そして、ヨガを始めて数日目で何と!覚醒体験を経験します。

クンダリーニが開くという経験でした。頭頂から光があふれ身体が勝手に回転し浄化が始まりました。

驚きもありましたが、どこかで分かっている感覚もありました。そして、不思議と恐れはありませんでした。

その浄化の体の動きは夜中から明け方まで続きました。

地球と一体となった感覚もあり、全てが突然分かってしまったという感じです。

サンスクリット語を話しだしたりもしました笑。

このころ、うつを自分で治してしまいます。この方法は投稿で上げています。興味あったらぜひ★

3年間ヨガを毎日おこないました。やらないと身体が気持ち悪くなるほど、はまっていました。

そして、3年が過ぎた頃に、だんだんとヨガの効果が薄まってしまいます。あまり以前ほど浄化できないようになっていました。

それで、だんだんとエネルギーワークというものに興味が移っていきます。

というのも、これは後で分かったことですが、私が知る限り当時、ヨガではインナーチャイルドや副人格のケアはできなかったためでした。

私は子供時代をたくさん癒やす必要があったからです。

そして様々なエネルギーワークのWS、ヒーラーさんの個人セッションを受けました。面白そうなものは全部受けてました。

地方の人あるあるですが、土日になると東京、大阪のWSか個人セッションを受けに行く日々です笑。

ドランヴァロ・メルキゼデクのフラワーオブライフWSに参加して、アトランティスの記憶が蘇りました。

そしてとうとう私の母体、プレアデスとドルフィンスターテンプルと出会うことになります。

故アモラ・クァン・インの遠隔セッションを受けて、すぐにヒーラー養成コースに参加。

途中中断はあったものの、無事国際認定ヒーラーとなり、ティーチャートレーニングクラスにも参加しました。

プレアデス人であったと思い出し、沢山の仲間との魂レベルでの出会いがありました。

アモラ・クァン・インとの直接の出会いは、山中湖にて透視コースの最後の2日間を直接教わることができたことでした。私のおそらくライフワークになるであろう『クンダリーニの浄化と活性化』のレクチャーをアモラから教わり、手を上げて直接質問できたことは宝物のような思い出です。

そのあとのアメリカへの帰国途中で、アモラが他界することになります。

その後は、アモラが私のところに霊体でやってきてくれてメッセージを貰うようになりました。これは実は今も続いています。

ここでようやく、自分の人生の責任を自分でとるということを体感で理解にするに至りました。

本当に自分自身と向き合う、そのスタートに立ったわけです。

それからは、いわゆる『魂の暗い夜』の期間です。

魂の暗い夜・・・・つまり、スピリチュアルを始めて素晴らしい自分自身と出会い人生が動き出した時期を経て、次に訪れる自分の痛みと向き合う時期のことです。

ひきこもりで精神が壊れていたときの症状が蘇ります。

治っていたと思っていたうつや境界性パーソナリティ障害、摂食障害、また、躁鬱の傾向などの深い課題が浮かび上がりました。

何年もかけて自分を癒やしていく中で、これまで封印してきたこと、必要な愛情を受けていなかったこと、祖母からの虐待や、ネグレクト状態だったこと、栄養も採っていなかったことなども蘇ってきました。

これらの私を支えてくれたのは、プレアデスの仲間たちと、癒やしの使者(天使たち)でした。

仲間たちからは、気が狂うほど泣くと言われていました笑。

どうやら、皆より癒やす領域が大きいらしいぞ笑、と気がついてからは、私のことを本当に分かってあげられるのは私しかいないのだとも思いました。

さらには、家系からのエネルギー、母との共依存関係、過去世が大きく自分の人生に関わっている自覚に至ります。

親が介護士の仕事を始めた時にことさら驚いていた理由もわかりました。

それは、私がこの家系の中で生きるためには、真っ当な仕事につくことや、人並な人生を送るというプランは家系の中では与えられておらず、万がいち一生を何とか終えられたとしても、せいぜい親のエネルギーの中で自立もできずに生きる程度の存在、そうであるなら何とか生きていける・・・

このような家系の役割というものが無意識下であったわけです。それで、私が就職を決めてきた時に両親がことさら驚いたのでした。

この家系における役割というものは、全く教えられたわけでもないのに無意識のうちにその通りの人生を送っているのですから・・・・

家系のエネルギーって恐ろしいです。

また、数年間に渡って霊(エンティティ)に取り憑かれるという経験もしました。

日本的に言えば、悪い霊に取り憑かれている、除霊が必要な状態でした。

そこまでになってやっと、家系、両親、関わったあらゆる人々のカルマを私が解消していたことに気がつきました。

いわゆる繊細さんが重症になったような感じだったのでした。重症のヒーラー体質、エンパス体質。

しかも、それが理由で、子供の頃から過敏性大腸炎だったのです。つまり人々のネガティブな気をもらってしまい、お腹を下していたというわけでした。

これに気がついた時から、だんだんと過敏性大腸炎が解消されていきました。

考えてみると、これまでの人生、様々な病気を自分で治し続けているのでした笑。

また、子供の頃から自分の居場所はどこにもないという漠然とした意識がありましたが、その居場所とは自分で作っていくしかないことにも気が付きました。

それは、言い換えると、究極的には母との共依存関係の解消という意味です。

また、何よりこれは自慢ですが、生きてきた中で今がいちばん身体が楽!を更新しています。

介護士14年間のうちに、あんなに仕事に行くのが嫌だった最初の頃とは比べられないほど、楽にできるようになりました。

40歳になった時には、身長が1センチ伸びているのに気が付きました笑。これまでの抑圧が解放されたんだと思います笑。

また、人をカテゴリー分けすることもやめました。

例えば、30代、40代、50代の人って〇〇だよね、女性ってこうだ、男性ってこうだ、主婦って〇〇、独身って〇〇、幾つになったら〇〇になっていて当たり前・・・・・などなどです。そんなレッテルを張ってしまうことでその人の本質がわからなくなります。そんなレッテル全部やめました。

さらには、何もしていない自分にOKが出せました。この場合の何もしていないとは次のようなことです。最低限必要な収入はバイトするとしても、働きたいと思うまで働かないことにOKを出したんです。

働かない自分であっても、つまり何もしていない自分でも価値在る存在だと思えるようになりました。実家に戻ってこれができたことが大きかったですね。

そしてだんだんと、本当の自分の心と感情、頭で考えること、身体の声、インナーチャイルド、そして副人格たち、エゴの声もあります。内面の様々な声を同時に気がつくようなり、多次元からなる自己という認識に至っていきました。

私が何より自分を褒めたいことは、生きてきたことそのものです。何もしなくとも、何かを成し遂げなくとも、ここまで生きてきたことが今生において最も価値在ることだと思っています。

生きることそのものに何の支障もなかった人と、今日一日生きていられるかどうかの境界線を歩いた人では、生きる意味も重さも全く違います。

どちらが偉いとかそういう意味ではありませんよ、もちろん笑。

私にとっては今まで生きてこれたことが最も価値があるということです。

そして今現在も、癒やしと学びと、人生を楽しんでいる最中です。

2020、1月。

資格など

  • ドルフィンスターテンプル国際認定ヒーラー
  • DSTアシスタントティーチャー、ティーチャーコース終了
  • DST多次元ヒプノセラピスト
  • DSTインナーチャイルドセラピスト
  • ドルフィンブレインリパターニングプラクティショナー
  • 介護福祉士
  • カリフォルニア州認定神官

これまで学んできたこと(短期、長期、単発、通信講座含む ○は自己学習のみ)

  • フラワー・オブ・ライフ/ドランヴァロ・メルキゼデクWS
  • フラワーエッセンス、レメディー ○
  • 医療グレードオイル、YLオイル、プラナロムオイル
  • レインドロップ
  • オラクルカード ○
  • レインボードラゴン伝授
  • フォーリーマザーフォーリファーザー伝授
  • マヤンカレンダー(ナガク)
  • ハタヨガ
  • アシュタンガヨガ
  • クンダリーニヨガ
  • マクロビオティック ○
  • アーユルヴェーダ講座
  • スピリチュアルリーダー養成講座初級
  • ヴォイスセラピー
  • YSアートセラピー
  • 砂曼荼羅WS
  • インド仏教
  • 心理学概要
  • ビジョン心理学 ○
  • クリスタル、パワーストーン ○
  • ヒーリング・カウンセリングの個人セッションは数知れず