離人感・自分の人生とは思えない

こんにちは、ヒーラーのHidekoです。

という書き出しでいつもスタートするわけですが、正直言うと、これは以前ついていたコンサルさんから、書き出しはこれでいきましょう、と言われて始めたものです笑。

私も昨今のマーケティング理論をいちおう・・・一通りというか二通りか三通り程かじっています。今は最初に名乗ることがどんなメディアでも当然ですが、しかし、よく考えてみれば名乗らなくても良いわけです。前回の書き出しでは名乗りませんでした。それのほうが自然なような気がして。

しかし、結構な期間、こんにちはヒーラーのHidekoです、から始めていますので、慣れてしまったということもあり、今日はこっちバージョンでやってみました。

ちなみに月齢は自分で思いつきましたw 今日は月齢4。

・・・・ということで、今日は離人感、離人症があると、自分の人生を送ることができない・・・・そういった内容です。

依存的な行動のうらがわには離人感があると捉えています。

依存的な行動とは、ゲームに没頭する、ネットショッピング、高価なブランド物を買い続けること、アルコールや、タバコ、コーヒーなどのカフェインもあります。

また、依存的とはいきませんが、収集癖がある、片付けられないことなども、依存と関係していると思います。

これらの行動でのポイントですが、心から楽しんでそれをやっているのか、それとも、何かから逃れるために行っているのか、そこが依存かどうかの分かれ目です。

タバコは、心から楽しんでというより、ストレスを感じるたびに吸いたくなります。コーヒーやアルコールでも同じ理由です。

さて、こういったストレス解消やちょっとした逃避行動は誰もがやっていることで、悪いわけでも何でもありませんが、依存的になるほどだと、何より自分自身にとってよくありません。そしてもっと良くないことは、そんな行動が自分自身を傷つけていることに、当の本人が気が付かないことです。

例えば、ゲームをやり続ける。明日仕事だと分かっていても夜中までやってしまう。止められない。

収入よりも高価なものを買い続けてしまう。後で後悔して、今月はちゃんと収入内でと思うが、また気がついたらカードで買ってしまう。その時の高揚感をまた味わいたい。

同じようなことが摂食障害にも当てはまります。過食が止められない。食べ続けたあとで、とても辛くなる。自分なんていなくなればいいと思う。

また、少し異なったところでは、デザイナーやアーティスト気質の人の中には、夜通し次から次へと色々なアイデアが浮かんでくる躁状態と、その後の鬱を繰り返してしまうといった例もあります。

こうやって、文章にしてみると、きっと辛いだろうな、やめれるならやめたほうがいいと思えますよね。きっと、友達が自分の気持ちに反しての依存的な行動に苦しんでいたら、なんとかしてあげようと思うんじゃないでしょうか。

しかし、当事者となると、友達を見るように客観的にはなれません。やってしまいます。

その時には、生きているという感覚が薄くなっているか、なくなっているんです。これは自分の人生だ、私の人生を生きているんだ。そういう感覚はないと思います。

それよりも、なんで生きているのかな・・・、周りのみんなの人生は充実してるんだ、へえー、私にはそんなものはないけど・・・、自分のことを大切にするってどんな感じなんだろうな・・・・、豊かさの意味がわからない・・・・、という感じで、生きている実感はあまりないように思います。

だからこそ、友達だったら止めるようなことを自分にやれてしまうわけですよね。

これは、私の経験ですが、離人症・離人感のエネルギーの層のようなものが私のエネルギー体に蓄積していたことがありました。なんだか全身の上にモヤがかかっているみたいで、世界が遠くにあるようなそんな感覚でした。しかしそれは、自分自身がこれ以上傷つかないように、すべての感覚を閉ざすための自己防御でもありました。

自分で自分が何をやっているのかを分からなくすることで、その依存的な行動を続けている、そんな感じです。

ちなみにそのエネルギーの層の下には、自分自身にもひた隠しにしてきたものがありました。自分でこの部分だけは癒やさないと決めて、自覚できないようにしていたんです。

しかしいつかその絶対に癒やさない=許さないと思っていたことも、目の前に問題となって浮かび上がってくる日が来るわけです。

この時代は、どんなに許すことなどできないと思ったことも、通っていけるんです。逆に言えば、辛いことに向き合うチャンスじゃないかと思います。

もし、みなさんが今なんだか依存かもしれないと思ったら、まずはその行動が楽しいかどうかを見てみましょう。

そしてそれが、楽しさからではなく、何かのきっかけで、いつもやってしまうパターンだと気がついたとしたら、今度は、もし友達が同じことをやっていたとしたらどう思うだろうか?と考えてみてください。

そうして、そんなこと止めたほうがいいよとか、それをしたくなったら私に電話してね、などと思うかもしれませんし、何もできないけれど一緒にいてあげることならできるよと言ってあげるかもしれません。

そして、その友達への言葉をあなた自身に言ってあげてください。本当に傷ついて、恐れているんです。そのあなたを包んであげてくださいね。

そして何があってもあなた自身と一緒にいてあげましょう。

さて、離人感を抱えていることは、悪いことでもなんでもなく、時に防御装置としての役割さえ持ってくれています。

そして、これからも私たちはこのような自分とたくさん出会っていきます。それはまるで、たくさんの分身たちを愛へと還している、そんなことでもあります。

そうやって、離人感がだんだんと癒やされると、自分の人生を生きている実感が増えてきます。

旅行に行っても、楽しいはずのイベントに参加しても、職場の中でも、どこに居ても、ここは私の居場所ではないという感覚があったかもしれません。

それがだんだんと、自分という全体性を持って参加してることを感じられるようになります。それは、自分の中に愛が増えた証拠。

それが今この瞬間を生きる。今ここです。

さて、まとめに入りますが笑、そうするとですね〜、冒頭で言ったように、今ブログやメディアで発信しているほとんどすべての人のお約束である『こんにちはヒーラーのHidekoです。』という決り文句も、これ、本当に言いたいのかどうか?本当はいいたくないんじゃないかな?ということに気がつけるようにもなっていくんですね〜、自分らしい方がいいですからね★

今日は離人感についてお伝えしました。

良い一日を♫

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