①私の中の母

親子関係、母娘関係で悩んでいる方へ。

母娘関係、親子関係。これは、すべての人にあること。

親の多くは、それが過干渉であったり、支配している状態であっても、愛情を注いでいると思って疑わないのですね。

また、子供を拒絶する親。一見信じられないよう出来事ですが、そこには深い原因があるんです。

 

大きな原因の一つは、親の方に子供が自分とは違う一人の人間であるという認識がないことです。子供の存在を認めることなく自分のものとして扱っている親。

自分のコンプレックスを子供で解消したい親。

ストレスを子供にぶつけてしまう親。

無関心。

生まれて間もない赤ちゃんのころは、母親の愛情がなにより大切になる時期。どんなに泣いてもお母さんがそばにいて守ってくれると分かると、子供はこの世界が安全で信頼できるものと捉えるようになっていきます。

その役割は母性を子供に注ぐことの出来る大人にしか担えないものです。

しかし、その時期に愛情を獲得できなかった場合、子供は世界が安心で安全であるとは思えないまま成長していきます。

その時々で、子供は自分を認めてもらえないと、心に傷を負っていきます。

そして心を閉ざして生きていくようになってしまいます。

さて、母娘関係、親子関係の課題とは何でしょうか。

それは、どこまでが親の、母の価値観で、どこからが自分の考えか分からなくなっていることと私は考えます。親が子供を一人の人間として見ることなく自分の所有物のように思っている。そして、子供はノーとは言えない存在です。子供にとっての親とは、全世界なのです。大人の思うがままになるしかありません。

幼児期の頃の課題には、自主性があります。はじめて友達の中に出てみて、どうやったらいいのか、何をしたいのか、どうすればできるのかということの基礎的な認識を持つ時期。

その時には、友達の中でうまいかかなくても、家に帰ればそれを無条件で認めてくれて、また行ってらっしゃいと送り出してくれるお母さんや家族の存在が大切になります。

しかし、このころに親が過干渉であったり、支配的であったり、拒否されていたとしたら、つまり、親の都合を押し付けられたとしたら、

自主性が育まれることはなく、親の考えに基づいて生きていくようになってしまいます。多くは恐怖心からそうならざるをえない。

親の考えが一番。正しいかどうか、私のためになっているかどうかは後回しになっている。

母のよろこびが私のよろこびになってしまっている。

自分の人生なのか親の人生なのか、一体どっちを生きているのかも分からなくなってしまう。

親のようにはなりたくないと思っていたとしても、しかし、それも親の価値観の中で生きていることになるんです。同じことをしていることに、ハッと気がつく時があります。

私たちの中にあって、私たちと同化してしまっている親、母、父。

私たちが思っている以上に、私たちは母であり父そのものを持っているんです。

続き②親にぶつかってみる

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